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エピローグ〈side大城〉
それからひと月ほどが経った。
久々に部内の飲み会が開かれたとある夜。
皆と別れ、時間をずらしてこっそりコンビニで落ち合ったあと、肩を並べて俺のマンションへの帰路についていた。
秋が深まってきていることもあり、そろそろ夜は上着が欲しくなってくる。人肌恋しくなる時期に差し掛かっているけれど、今の俺には篠崎がいる。
手を伸ばせば触れられる距離に、俺を見上げて優しく微笑む可愛い恋人が。
「部長のランバダが見られて感激でした。めちゃくちゃ笑っちゃいましたよ」
今も思い出し笑いをしている篠崎を、俺はそっと見下ろした。
若者たちがランバダを知らないことにショックを受けた部長が、ボヨンボヨン揺れる腹を盛大に揺らしながらランバダを披露したのだ。普段はのほほんとした部長だが、酔いに任せて踊りまくったランバダのキレはすさまじいものがあり、笑いすぎてしばらく酒を飲むことができなかった。飲んだら噴いてしまうからだ。
ついでに、盛り上がった吉岡が「部長すげ〜〜超おもろいっす最高〜〜!!」などと持て囃しつつ、顔中にキスをするという奇行を目の当たりにしたばかり。吉岡をたしなめるのはたいてい俺の役回りだが、今日は面倒なので放っておいた。
俺とは少し離れた席で、女性社員に囲まれてほのぼの酒を飲んでいる篠崎を眺めることに忙しかったからだ。
「飲み会楽しいんだけど疲れるんだよなぁ……吉岡はあいかわらずだし、酒井もめちゃくちゃ管巻いて説教してくるし。篠崎のいるテーブル行きたかったわ」
「こっちは平和でしたよ。恋人とか、いい人いないのかとか……まぁ、ちょっとそういう話題は困りましたけど」
「なにっ!? そうなのか!?」
「明石さんが『知り合いにいいお嬢さんがいるんだけど、どう?』なんて、お見合い写真持ってきそうな勢いで……」
「なっ」
危機感を抱くあまり思わず立ち止まってしまった俺の数歩先で篠崎も立ち止まり、にっこり可愛く微笑んだ。……ああ、癒される。可愛すぎるだろ俺の篠崎。
「大丈夫です。きちんとお断りしましたから」
「な、なんて言って断ったんだ?」
「お付き合いしている人がいるのでって、普通に断りましたよ? そのあとはまた質問攻めにあいましたけど、適当にお茶を濁しておきました」
「そ、そっか。……よかった」
ほっと胸を撫で下ろし、俺はふたたび篠崎とともに歩き出す。斜め下にあるつむじが妙に可愛らしくて、街灯の灯りを受けて輝くサラサラの髪に触れたくて、すでにそわそわ落ち着かない俺だ。
だが、ひょいと篠崎がこっちを見上げてくるものだから、慌てて表情を引き締めた。
「大城さんはお見合いとか勧められなかったんですか?」
「俺は全然。同期には遊びまくってるって思われてたし、先輩たちからは『大城は自力で何とかできるでしょ』って言われたことあるし」
「あ、僕も昔は思ってました。大城さんモテるから、これまでにもたくさん社内なり社外なりで恋愛してたんだろうなって」
「いうほどモテねーから、俺。社内恋愛も、篠崎が初めてだし」
「あ……へへ」
——……あ〜〜〜〜〜……可愛い。社内でキリッとした顔してる篠崎も可愛いけど、ふたりきりになった途端見せてくれる無防備な笑顔も最高だ。……ああ……今夜もめちゃくちゃイチャつきたい……。
篠崎が照れくさそうに微笑むものだから、ドキドキが止まらない。ここのところ、朝から晩までずっと篠崎にときめき続けているおかげか、身体の調子も良ければ仕事の調子も良く、この間提出した企画はあっという間に商品化が決まった。
おかげで忙しい日々だが、休みの日や平日の夜は篠崎とふたりきりの時間に癒されて、疲れが吹っ飛ぶ。
おまけに、愛に溢れたセックスで性欲のほうも満たされまくって、俺の毎日はいつにも増して充実していた。
初めてのセックスで相当無理をさせてしまったことを悔いていたけど、篠崎とふたりきりになってしまうと、どうしても手が伸びてしまう。
抱きしめて、キスをして、俺の愛撫のひとつひとつに可愛い反応をくれる篠崎を抱いている瞬間が、幸せでたまらない。社にいる間は必死で我慢しているせいで、ふたりきりになれた時のテンションの上がり方がエグくなってしまうらしい。
多分今日も、部屋に入った瞬間篠崎のことを抱きしめてしまいそうだ。許可がもらえるなら、そのまま玄関で1ラウンドやりたいくらいだが……。
「大城さん? どうしたんですか、ニヤニヤして」
「え。ニヤニヤ……してた? 俺」
「はい、ちょっと……あやしいかんじで」
「ああ……バレてる? 早く篠崎とキスしたくて、妄想が先走ってた」
「えぇっ?」
ぽ、と暗がりでも篠崎の頬が赤く染まるのがわかった。
ここのところ割と素直に欲望を言葉にしているが、篠崎はそんな俺を気持ち悪がったりはしていないようだ。……とはいえ、妄想の全てを口にすればさすがの篠崎も引いてしまいそうだから、オープンにしているのは1割程度だが。
照れ笑いをしつつ、篠崎は「……僕にそんな感情を抱く人が現れるなんて、今でもほんとにびっくりするなぁ」と言った。
「そうかな。高野さんが言ってたけど、篠崎って男からもかなりモテてたんだろ?」
「みたいですけど……。由一郎が全部シャットアウトしてたみたいで、当時はまったく気づかなかったですね」
「そうなのか、さすが。グッジョブだな高野さん」
「お兄さんって呼んで欲しいらしいですよ?」
「いや、それはちょっと……」
俺が渋い顔をすると、篠崎が笑う。群青色の空にぽっかりと浮かんだ白い月を、篠崎は眩しげに見上げた。
「……楽しいなぁ」
「ん?」
「大城さんと一緒にいると、楽しいなぁと思って。恋をするって、こういうことなんですかね」
どきゅん、と心臓が何かに射抜かれる。……思いがけず与えられた嬉しすぎる言葉に、ドキドキドキと胸が高鳴って苦しくなってきた。
だが、俺は篠崎の言葉を遮らず、目線でその先を促した。
「仕事での活躍とか、恋愛とか、恋人とか……僕、そういうキラキラしたものとは、一生縁がないと思ってたんですよ。誰かを好きとか嫌いとか、そういう気持ちがよくわからなくて、多分おじいさんになるまで一人で、結婚して家庭をつくっていくみんなを祝福するばかりで、僕自身はそこへいけないんだろうなって、ずっと思ってました」
「……そっか」
「仕事でも、誰かのサポート役くらいがちょうどいいような気がしていて、日陰にいるのが居心地がよかったんです。でも、大城さんは僕に仕事の楽しさを教えてくれて……なんていうか、僕を、スポットライトの中へ連れてってくれたんだなと思っていて」
「し、篠崎……」
きゅぅぅぅん、と胸がときめきすぎて痛い。
月の光に包まれた篠崎の姿がなんだかとても儚く見えて、まばたきをしたら消えてしまいそうな気がして、俺は思わず手を伸ばした。
「俺も楽しい。幸せだよ、篠崎の……いや、真のそばにいられて、本当に幸せなんだ」
「大城さん……」
「これからも、ずっと一緒にいて欲しい。俺のそばで笑ってて欲しい。……真が隣にいてくれるなら、俺はどんなことでも頑張れる」
いつしかきつく抱き寄せていた腕の中で、篠崎が身じろぎをする。力を入れすぎたかと思い慌てて腕を緩めると、月光にも勝るほどに美しくきらめく篠崎の瞳が、すぐそこで甘くほころんだ。
「僕も同じ気持ちです。……亮一さんと、この先もずっと一緒にいたい」
「……そっか。そっか……うん、ありがとう」
「こちらこそです」
照れ笑いをしつつ、篠崎が一歩後ろに後ずさる。……ああそうだ、ここはまだ天下の往来。ひと気はないが、まわりにはマンションやアパートだらけで、どこで誰が見ているともわからない場所だった。
俺たちは、顔を見合わせて笑い合った。
「早く帰ろう。今、めちゃくちゃ真のこと抱きしめたいんだけど、ここじゃダメだし」
「はい、僕も同じことを考えてました」
「はは、そっか。行こう」
明日明後日は、珍しく丸ごと休みだ。篠崎とふたりきりで過ごせる貴重な48時間。
何をしよう、何を食べよう——……そんな何気ないことを考えるだけで幸せで、心が丸く整えられていく。身体が軽く、力が漲る。
愛で満たされた俺の目には、夜空にそびえる無機質なマンションの灯りでさえも、夢のようにきらめくイルミネーションのように映るのだった。
おしまい♡
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました!
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