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第3話
異形の者の数人が、澄のすぐ近くでその居場所を探る。
一つ目で大きな胴体から何本もの手が出ている者は、そのうちの一つの手を伸ばして探るも、澄をすり抜けて空を掻くばかりだ。
息を詰めている澄は、生きた心地がしない。
口の中に溜まる唾液すら飲みこんだら、この者たちに知られそうで、息を止め、震えないようにぐっと唇を噛んだ。
「いないものはいないだろう」
対する少年は臆することもなく、異形の者たちをあしらっている。
ひとしきり辺りを探っていたが、間もなく異形の者たちは諦め、もと来た一群へと戻っていった。
その者たちの背を見送りながら、澄はやっと唾を飲みこみ、息つくことができた。
「息を止めてたの? それぐらいは、大丈夫だったのに」
少年はそう言うと、異形の者たちが向かってこないことを確認して、「もう大丈夫」と澄に向き直った。
「ここは、一体、どこなの」
澄はばくばくと今にも破裂しそうな心臓を宥めながら、やっとそう問うことができた。
「どこ? ここは――……名もなき場所」
少年は澄の持つほおずきを指さした。
「それが、道しるべ。意図するとせざるとに関わらず、それがこの世界を照らし、きみを連れてきた」
「これが? この、ほおずきが…?」
手もとの明るい橙色の実を見て、本当かと少年に問えば、少年は妖しく微笑む。
「きみは誰? なぜここにいるの? 何で、助けてくれるの」
「なんで? ……僕は、あの赤鬼に陥れられたんだ。それでここに来ざるをえなかった」
淡々と話すその漆黒の双眸には、深く暗い感情が見え隠れしている。
「僕の心には、あいつに対する強い恨みがある」
感情を感じさせない平坦な声は、無機質で、冷たい響きだった。
「…でも、また戻ればいい。戻れるだろ、もとの世界に」
戻れるだろう、と澄は必死の思いで尋ねる。それ以外の回答は聞きたくなかったし、もう帰れないと言われても、どうしたら良いのか分からなかった。
少年は微笑みを浮かべたまま澄を見下ろしていたが、
「うん、戻れるよ。……今回はね」
少年は澄の手に握られたほおずきを手に取り、それを口元に寄せて何ごとかを呟く。
そして、そのほおずきをそっと澄の手の内に戻した。
「本当は戻れない。だけど、きみは僕と出逢ったから、今回は戻れる」
「きみは――きみも戻れるんだろう?」
自分の周囲から風が巻き起こり、舞い上げられた砂で視界が霞んでいく。
これで戻れるんだという感情と同時に、目の前の少年が急に心配になった。
自分を助けてくれた、この年端も行かない少年は、なぜこんな恐ろしい場所にいつまでもとどまっているのだろう。
「僕も? 僕は、戻れないよ」
すっと寂しそうな表情を一瞬浮かべたが、少年はその澄んだ両目を澄に向けた。
「名前はなんていうの?」
「えっ……と、澄」
「それでは、澄――」
ほおずきを持つ澄の両手を少年は自身の両手で包み、何かを唱え始める。
「えっ、ちょ――なぜ……き、きみの名前は――?」
耳元で轟音を立てる風に吞まれるようだ。
どんどん感覚が遠くなっていく。
最後、少年の小さな呟きを聞いた。
目を開ければ、そこはさきほどまでいた住宅街の道路の上だった。
足元には茶色く変色したほおずきが転がっている。
いつの間にか息を止めていたのか、澄は肩で荒い息をしていた。
僕は、青鬼だから。
あのとき、確かに彼はそう言った。
「……あお、お、に……?」
そう呟いて、澄はしばらくその場に立ち尽くした。
終
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