3 / 3

第3話

 異形の者の数人が、澄のすぐ近くでその居場所を探る。  一つ目で大きな胴体から何本もの手が出ている者は、そのうちの一つの手を伸ばして探るも、澄をすり抜けて空を掻くばかりだ。  息を詰めている澄は、生きた心地がしない。  口の中に溜まる唾液すら飲みこんだら、この者たちに知られそうで、息を止め、震えないようにぐっと唇を噛んだ。 「いないものはいないだろう」  対する少年は臆することもなく、異形の者たちをあしらっている。  ひとしきり辺りを探っていたが、間もなく異形の者たちは諦め、もと来た一群へと戻っていった。  その者たちの背を見送りながら、澄はやっと唾を飲みこみ、息つくことができた。 「息を止めてたの? それぐらいは、大丈夫だったのに」  少年はそう言うと、異形の者たちが向かってこないことを確認して、「もう大丈夫」と澄に向き直った。 「ここは、一体、どこなの」  澄はばくばくと今にも破裂しそうな心臓を宥めながら、やっとそう問うことができた。 「どこ? ここは――……名もなき場所」  少年は澄の持つほおずきを指さした。 「それが、道しるべ。意図するとせざるとに関わらず、それがこの世界を照らし、きみを連れてきた」 「これが? この、ほおずきが…?」  手もとの明るい橙色の実を見て、本当かと少年に問えば、少年は妖しく微笑む。 「きみは誰? なぜここにいるの? 何で、助けてくれるの」 「なんで? ……僕は、あの赤鬼に陥れられたんだ。それでここに来ざるをえなかった」  淡々と話すその漆黒の双眸には、深く暗い感情が見え隠れしている。 「僕の心には、あいつに対する強い恨みがある」  感情を感じさせない平坦な声は、無機質で、冷たい響きだった。 「…でも、また戻ればいい。戻れるだろ、もとの世界に」  戻れるだろう、と澄は必死の思いで尋ねる。それ以外の回答は聞きたくなかったし、もう帰れないと言われても、どうしたら良いのか分からなかった。  少年は微笑みを浮かべたまま澄を見下ろしていたが、 「うん、戻れるよ。……今回はね」  少年は澄の手に握られたほおずきを手に取り、それを口元に寄せて何ごとかを呟く。  そして、そのほおずきをそっと澄の手の内に戻した。 「本当は戻れない。だけど、きみは僕と出逢ったから、今回は戻れる」 「きみは――きみも戻れるんだろう?」  自分の周囲から風が巻き起こり、舞い上げられた砂で視界が霞んでいく。  これで戻れるんだという感情と同時に、目の前の少年が急に心配になった。  自分を助けてくれた、この年端も行かない少年は、なぜこんな恐ろしい場所にいつまでもとどまっているのだろう。 「僕も? 僕は、戻れないよ」  すっと寂しそうな表情を一瞬浮かべたが、少年はその澄んだ両目を澄に向けた。 「名前はなんていうの?」 「えっ……と、澄」 「それでは、澄――」  ほおずきを持つ澄の両手を少年は自身の両手で包み、何かを唱え始める。 「えっ、ちょ――なぜ……き、きみの名前は――?」  耳元で轟音を立てる風に吞まれるようだ。  どんどん感覚が遠くなっていく。  最後、少年の小さな呟きを聞いた。  目を開ければ、そこはさきほどまでいた住宅街の道路の上だった。  足元には茶色く変色したほおずきが転がっている。  いつの間にか息を止めていたのか、澄は肩で荒い息をしていた。  僕は、青鬼だから。  あのとき、確かに彼はそう言った。 「……あお、お、に……?」  そう呟いて、澄はしばらくその場に立ち尽くした。                                           終

ともだちにシェアしよう!