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第2話
「ああ、見つかっちゃったね」
少年はそう言うと、一歩大きく片足を踏みしめて、澄のすぐ右側に立つ。
「動かない方がいいよ。それと、声も出さない方がいい。いまのきみの状態なら、向こうも気がつかないから」
そう独り言のように静かに話し、すっと両目を瞑り、小さな声で呪文のような言葉を唱えている。
……何歳くらいだろう。
見た目は高校生にしては子供すぎるから、ちょうど中学生ぐらいだろうか。
男の子だが、その髪型は妙で、一昔前のおかっぱ頭のように、前髪と、首までの長さの後ろ髪をきれいに切りそろえている。
それに、もっと奇妙なのはその服装だ。青い布で作ってあって、なにやら平安時代のような衣装だ。
上半身は着物のような胸元の襟を腰の帯でとめ、下半身は半ズボンのようだが、裾を紐で括って膝下までたくし上げており、白く華奢な両足が見えている。
少年は祈るように瞑目していたが、やがて静かに目を開き、まっすぐ異形のものたちが来る方を見据えた。
澄もその少年の視線につられるように目をやれば、さきほどの者たちは、もうすぐそこまで来ていた。
見れば見るほど、その者たちは恐ろしく、多種多様で不思議な形相だった。
どすんどすんと大きな足音や、錫杖をつく音、それだけでなく、その者たちは互いに話をし、そのどすのきいた響きからは、まさしく学校の授業で習う古語そのものが聞こえてくる。
もう少しでこちらに来る。しかしこのだだっ広い荒野で逃げたとしても、すぐに追いつかれるのは目に見えていた。
今となっては、隣の少年の指示を信じるしかなかった。
「あの中にいる、赤い色の鬼が見えるでしょ」
少年は一群を見ながら、澄に話しかける。
少年の指さした先に、顔だけでなく全身真っ赤な大男がいた。目をぎょろりと剥いて、頭の上には左右に角がある。
「あれは、僕を裏切った赤鬼。あいつ、たいそう貪欲なやつでさ、哀れにもいまはあんな姿になって、渇きから逃れられないんだ」
「え……」
少年に問いかけようとしたとき、
「ああ、喋らない方がいいよ。きみの気配はいま僕が消してるけど、動いたり喋ったりすると多分――」
――なんだあ、人間の声がしたぞお!
辺りの空気一帯を震えさすような声が、その一群の中からあがった。
その叫びを聞いた周りの異形の者たちは、弾かれたように周りを見回している。
一通り人間を探して、そして見当たらないと知るや、異形の者たちは大きな声をあげたり、地団駄を踏んだりして、おのおのが悔しそうだ。
――久方ぶりの人間よ! 喰らおうと思うたのになあ…!
――臭いは確かにするぞ……どこだ、どこだ……。
自分を探し出して、そして見つけたら自分をどうするつもりなのだろう。想像すると、背中に冷や水を浴びせかけられたような、冷たい感触が伝う。
「僕を、喰らう――」
「ッ静かに!」
少年は澄に黙るよう手で制し、身構えた。
少年が身構えるのと同時に、異形の一群の目が、一様にこちらに向けられた。
その中から、何体かの異形の者たちが少年に近づいてくる。
「おう、青鬼よう」
「青鬼」
「人間を見なんだか」
「人間がいるのだ」
すぐ目の前に異形の者らがいるのに、その者らは隣の少年ばかりに話しかけ、澄には毛頭も気がつかないばかりか、視線すらよこさない。
息を詰める澄の横で、少年は身構えた緊張を解き、落ち着き払った調子で、
「さあ、分からないな。人間なんて、ここにいるはずないだろう」
とさらりと受け流す。
当然、それだけでは納得できないようで、異形の者らは、違う違うと口々に言い合った。
「聞いた」
「そうだ。しかも臭うぞ。人間の臭いだ」
「そら、この辺から臭う」
異形の者が、にゅっと澄の胸をめがけて手を伸ばした。
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