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歪 ではまた
「じゃあ、ここに署名をお願いします」
綾生さんは僕が欲しい言葉をくれた。僕はそれにこたえる必要があるよね。
今までずっと一人きりで生きていくんだ、って思っていたけれど綾生さんが他の可能性を生み出してくれた。ちょっとでもその恩返しがしたい。その思いで僕は契約書に署名をする。
「今日はいきなりすみませんでした」
契約書に署名し終えると、綾生さんは深々と頭を下げた。垂れ下がる髪で表情は見えなかったけれど、きっと美術館で見たきれいな瞳のままなんだろうな。
「いえいえ。最初は驚きましたけど、僕でもお手伝いできるなら、喜んでお手伝いします!」
「ありがとう。今日偶然美術館で出会ったとき、僕はこの人しかいない!って思ってしまいました」
「そんな大げさな。僕たちまだ出会って数時間ですよ?」
「それでも、なぜか君とは初めて会った気がしないんです」
それは確かに僕も思った。今日初めて会ったはずの綾生さんに僕はひどく懐かしさを覚えて、少し不思議だなと思った。でも、綾生さんほどの綺麗な顔の人、普通は忘れないよね……。
「とにかく、本当にありがとうございます」
「じゃあ、僕は家に帰りますね。今日はありがとうございました」
このまま別れてしまうのが名残惜しい。でも、永久の別れじゃないから全く会えなくなるわけじゃない。
「では、ララ君。また今度」
閉まり際のドアが閉まる頃に綾生さんは言った。
その声を最後に聞けたのが嬉しくてちょっとだけ口角を上げる。
また今度っていつなんだろう……。できるだけ早く会いたいな。
どうやら僕はこの数時間で綾生さんの事が大好きになってしまったみたいだ。最初は美術館で会って、なだれ込むようにして研究室に案内されて、実験のお手伝いの交渉をされて。
道中えっちな話とか、難しい話をされたけれど、嫌な気分にはならなかった。それはきっと、綾生さんの雰囲気の所為だろう。
あの、優しさの中にある強い芯が、すごく美しかった。
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