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第9話
秋野は、もう検診も怖くなかった。しかし、寧ろ一輝で無いと嫌だと思った。
Ωが唯一得られる確かで確実な存在は、番だ。きっと番とはそういうものなのだろう。
現場仕事に復帰した一輝は、今までのように毎日は来なくなったが、それでも電話はかけてくれた。
その日の健康状態や、食事については必ず訊かれる。それだけの事もあるし、貰ったお菓子が美味しかったから食べに行こうという約束をしたりした。
そして、休みの日は甘味処巡りが習慣になる。
老舗の餡蜜屋で、杏餡蜜を食べながら、穏やかな時間を過ごす。一輝は普通の餡蜜だ。
「秋野くんは、学校にはもういかないの?」
「安定期になったら、行こうかなとは思っていたんですけど、もう制服のズボンがキツいんですよね……お尻が大きくなったみたいで……行かなくても良いんですけどね……」
着れる服が少なく、ここの所は和服が多い。
「いや、行けるなら行った方が良いと思うよ、体調次第では無理出来なくなる場合もあるけど、高校を卒業していれば、この先何かやりたいことが出来た時にも手っ取り早いからね」
「前の契約候補の方とは、ヒートが来たら辞めるという約束をしていたんです。一輝さんは違うんですね」
「まあ……夏海先生もそうだし、Ωだからってαが人生を決めて良いとは思わないかな」
「何かやりたいことか……」
「無理に探す事は無いんだけどね」
甘酸っぱい杏に顎がジンとする。
「結構、会社勤めされてる方も多いんですよね、お母様のお仕事を手伝っても良いですよね……」
聖子は、和服のデザインをしている。ここの所はお宮参りの祝着をどうするかで四六時中悩んでいる。
「そうだね、今から弁護士にだって、政治家にだって、当然医師にだってなれるよ」
「お医者さんですか」
この国にはまだΩの医師は夏海しか居ない。
「赤ちゃん産まれて、身体が回復したら保育園に預けて大学に行ったり、少し大きくなってからでも良いと思うけど。若いから何だって出来るな」
「そうですね……今まで考えた事も無かったから……」
「家に居ても良いけどね」
「うーん……弁護士やお医者さんや政治家になるにはどうしたら良いんですか?」
「ひたすら勉強だね」
「勉強は好きですから、良かったです。安心しました」
「お医者さん、なったらどうかな?」
「なれますかね?」
「なれる、いや、なって欲しい」
「どうしてです?」
「Ωのお医者さんが居て良かったと、思わないかい?」
「思いました」
「その事を知っている人に、なって欲しいと思う」
「前向きに検討いたします」
「うん、医者になるべきだ!!」
「僕、気付いてしまいました。べき論反対!! Ωだから! とか! そういうの! 反対!!!」
スプーンを握りしめて、掲げる。
「すみません……」
「僕、何にでもなれそうです! 家族が反対したら、奨学金を出してください! お願いします! ちゃんと返せるお仕事に、就きます!」
「何だって協力する」
「そんで、この子がαでも、Ωでも、βでも、僕は何にでもなれるって言います! この子だけじゃなくて、弟や妹が出来ても!」
「うん……凄いね……やっぱり、君で良かったな」
「まず、僕は学校に和服妊婦通学をお願いしようと思います。制服着れないので! 理事長の息子の権限をフルに活用します」
「凄い……黒岩の子だ……」
「はい! そんで、あなたの老後の面倒を見る番です!」
「それまでは沢山甘えてね」
「沢山、甘えます」
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