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【再開】①

4月7日、天気は晴れ。桜が満開に咲き乱れている今日、僕は前にそびえ立つ私立城陽高等学校に養護教諭として赴任してきた。 赴任式ではなんと言おう、と緊張しながらもこれから始まる生活に胸をはずませながら、門をくぐった。 ―――――――――― 「新しくこの学校に赴任してきた先生方を紹介します。」 学校長が話しているが、みんなどこか上の空のようだ。 碧央の番は前から3番目。緊張しいな碧央にとっては、人の前に出て話すことほど緊張することはないだろう。 碧央は膝の上に置いた拳をギュっと握りしめ、自分の番が来るのを待った。 「次に滝川先生、よろしくお願いします。」 「はい。新しく養護教諭として赴任しました。 滝川碧央です。一生懸命頑張りますので、みなさんよろしくお願いしま、す…」 最後の言葉を元気よく言おうとしたが、目の前の光景に目を疑い、きちんと言えなかった。 それもそのはずだろう。今の碧央にとって最も会いたく無かったと言っても過言ではない男が、今目の前で、碧央を見ているのだ。 なぜ今まで、金に近い茶髪で耳には片手で数えられないほどのピアスが着いている、あんなに目立つ容姿をしている男に気が付かなかったのだろう。 碧央は驚き、しかし頭のどこかであの頃とは変わったなと冷静にそう思った。 男ーーもとい相良臣に初めて会ったのは3年前。 まだ碧央が18歳、臣が14歳の頃であった。 ―――――――――― 「お、大きい…」 碧央は自分の家とは比べ物にならない相良邸に、バイトとして家庭教師にやってきていた。 …いつも思うけど、こんな立派な家に僕なんかが入っても良いのかな…いやいや臣君も待ってくれてるし、なによりお金は必要だし… なんて思いながら豪華なインターホンを押す。 「お待ちしておりました。滝川様。どうぞ中へお入りください。」 「こ、こんにちは。失礼します。」 家の中には、相良邸に何度も来たことがある碧央でも、未だに慣れないものばかりがあった。 高すぎる天井に、綺麗に手入れされた大きな螺旋階段。そしてシャンデリア。しまいには中に入ってきた碧央に対して 「「ようこそお越しくださいました。滝川様」」 と、10人ぐらいだろうか、執事やメイドが碧央を出迎えてくれている。 碧央はこれにいつも慣れないため今日も逃げるように臣が待っている部屋に入っていった。 「臣くん、こんにちは。」 「碧央!」 と、嬉しそうに顔をほころばせる臣は碧央にとって数少ない癒しであった。 大きく二重の目に、スッとした鼻筋、手のひらに収まりそうなぐらいの大きさの顔。極めつけは高身長と、中学2年生にして、高校3年生の学習内容を理解している頭の良さときた。 眉目秀麗という言葉はこの子のためにあるんだろうなあと碧央は改めて思った。 ―――――――――― 「今日も頑張ったね臣くん。」 「ん。ありがと。なあ、今日も碧央の好きなお菓子用意したから一緒に食べよう。」 「ほんとに!?いつもありがとう。今度何かお返ししたいなぁ。」 「いいよ気を使わなくて。俺がしたくてしてるだけだし。…それに碧央と過ごす時間だけはすごく楽しいから。」 「ッ……」 「はは、顔真っ赤だよ。」 「も、もう!臣くんがいつもそういうこと言うからでしょ!!」 「…本心だから。」 「…うん。」 実は碧央は前回の家庭教師の日に臣に告白されていた。 言葉はシンプルだったものの、臣が自分を本当に好きでいてくれているということは、今まで見たことがない臣の姿からはっきりと分かった。 碧央も臣のことが好きだということは碧央自信でも分かりきっていることだ。 しかし、未だに返事を返せていないことには理由があった。 それは臣には言えていない秘密が碧央にはあったからだ。 1つ目は自分は不完全なΩであるということ。 碧央はΩであるが、子供の頃にネグレクトを受けていいたため、発育が遅く今でも標準体重に遠く満たない体型となってしまったため、未だにヒートが来たことがない。そのことを碧央は気にしているのだ。 2つ目。これが1番碧央にとって重要な問題だった。それは、碧央はすでに親と縁を切っているということだ。 子供の頃から数々の虐待を受け、よく今まで生きていたなと思うような家庭環境だった。 今も学費だけは払ってくれているものの、その他の生活費は自分で稼ぐしかないのだ。 現役高校生にとって生活費を稼ぐということがどれほどきついことか。想像もできないだろう。 そんな生活を送っている碧央と、将来を期待され、約束された有名企業の御曹司である臣。 この2人が恋人になったとして、誰がお似合いだと言ってくれるだろう。 むしろ、臣が周りに悪く言われるのではないか。 自分と付き合っても、臣に迷惑をかけるだけだ。 この考えが碧央が臣に好きだということのストッパーとなっていた。 ⋯だから…、ごめんね⋯。 碧央は心の中でそう思った。

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