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再開②

家庭教師に来たある日ーー 「臣くん、こんにちは。」 「⋯⋯ん。」 「⋯どうしたの?元気がない気がするけど⋯」 「なんでもない。早く勉強始めよ。」 「う、うん。」 ―――――――――― 「うん。今日はこれでおしまい。お疲れ様。」 「⋯⋯⋯」 「⋯やっぱり元気ないよ?大丈夫?」 「⋯なあ碧央。⋯こんなこと言うの急だって分かってる。いきなり何言ってんだってなるかもしれないけど⋯」 「⋯⋯」 「俺、来月からイギリスに行く。父さんの仕事に着いていく。相良グループの本社があるイギリスで、次期社長として仕事を覚えたいんだ。」 「え⋯?」 頭が鈍器で殴られたようにくらくらとした。 今臣が言った言葉を頭で何度も反芻しても意味がよく分からなかった。 臣はいつまでもここに居るものだと思っていたけれど、そんなことは無かった。 「⋯でも俺は碧央と一緒にいたい。だから⋯俺とイギリスに着いてきて欲しい。」 「⋯え」 「返事は俺が出発する1週間前までにしてくれればいいから。」 ―――――――――― あれからどうやって家に帰ってきたか覚えていない。真っ白になっている頭の中で1つだけ確実に言えることは、臣に着いていけない。ということ。 着いて行ってしまったら四六時中、臣の傍に居ることになるだろう。 そんなことになってしまったら自分の気持ちなど抑えられるはずがない。 ⋯もし、好きだと伝えてしまって恋人になったら⋯? もし、番にでもなってしまったら⋯? 臣の輝かしい未来に自分が関わるなど、臣の邪魔にしかならない。 「⋯もっと一緒に居たかったな⋯」 碧央は部屋の中で1人、静かに涙を流した。 ―――――――――― 出発の1週間前ーー 碧央は家庭教師がない日であるにも関わらず、相良邸に来ていた。 目的はもちろん、イギリスの件を断ることだ。 相良邸のベルを鳴らすと、すぐに低い声が聞こえた。 「⋯はい。」 「あ、臣くん、こんにちは。」 「⋯碧央?」 「いきなり来てごめんね。⋯あのねイギリスの件のことお返事しに来たの⋯。」 「⋯⋯」 微かだがインターホンの向こうで、臣が息を飲んだのが分かった。 「⋯ちょっと待って。すぐにそっち行くから。碧央の顔みて話したい。」 「だ、だめ⋯!」 碧央は自分の家を出る時から決めていた。 もう臣には会わないようにすることを。 これが最後になると思うと、臣と離れたくなってしまうからだ。 現に臣の声を聞いただけで、会いたくてたまらなくなってしまう。 「え⋯?」 「⋯もう僕⋯臣くんに会えない。」 「⋯は?」 「家庭教師も来週から来れない。ごめんね。 もともと卒業してから少しの間だけするつもりだったんだ。」 「⋯そんなこと碧央が勝手に決めてんじゃねぇよ」 臣はきっと怒っているのだろう。言葉遣いが荒くなっている。 臣は怒ったり、興奮したりすると言葉遣いが荒くなる。碧央の前だけではなるべく丁寧に話すようにしているが、前に臣の父親と口論していたところを見てしまい、分かった臣の癖だ。 「⋯はぁ、とにかくそっち行く」 「え、」 どうしよう。逃げ場がない、とあたふたしているうちに臣が来てしまった。 門を開けて臣が碧央の目の前に来る。 「あ⋯」 「なあ俺にもう会えないってどういうこと?」 「え、えと⋯それは⋯えっと⋯」 「早く答えろよ」 怒っている臣は、碧央に容赦がない。 「そ、その⋯こ、恋人がいるの⋯!」 「⋯は⋯?え⋯、いつから⋯」 「ず、ずっと前から⋯!」 嘘だ。恋人なんているわけが無い。碧央が好きなのはこの目の前にいる男だけだ。 でも自分のことを諦めてくれる理由がこれしか思い浮かばなかったのだ。 「だ、から⋯イギリスには行けな「意味わかんねぇ⋯!じゃあなんで今まで告白の返事しなかったんだよ⋯!?恋人いるならすぐに断れば良かっただろ!?⋯⋯期待した俺がバカみてぇ⋯」 「あ⋯」 もしかして僕、1番だめな断り方しちゃった⋯? そうだよ、自分のこと好きって言ってくれてる人からの返事を保留にして、ずっと前から恋人がいるなんて⋯適当に考えた理由だとしても酷すぎる⋯! 「あ、ち、違うの⋯!今のは⋯」 「何が違うんだよ⋯?⋯今まで俺がどんな気持ちで⋯」 「お、臣く⋯」 碧央から耳を疑う言葉を言われて、酷く動揺し、この世の終わりかのような顔をしている臣に手を近づけたその時だった。 「触んな」 「っえ⋯」 初めてだった。臣に手を振り払われるなんて。 「⋯もういい。早く恋人のとこ帰れば。⋯じゃあな。」 「ま、待って臣くん⋯!」 臣はこちらを1度も振り返ることなく、家の中に帰ってしまった。 「っ⋯⋯最低だ僕⋯臣くんにあんな酷いこと⋯」 こんなことになってしまうなら、正直に言った方がまだ良かったのかもしれない。 そう思うほど、今の状況は最悪だった。 こんなのが臣との別れなど碧央は想像もしてなかった。 「ごめんなさいっ⋯ごめんなさい⋯!臣くん⋯」 碧央は人目も気にせず泣いた。

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