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 蝶番が割れるような音を立てて外れ、ずれた扉の隙間から光が射し込む。  顔を覗かせた男は、口を開く猶予すら与えられなかった。彼の身体が横殴りに吹き飛ばされたのを認識してから、発砲音に気付く。  部屋の外にはまだ数人いたようだが、連射音と共に気配は消える。床へ崩れた身体へ止めをさすよう、更に撃ち込んでから、扉は取り除けられた。 「マーカス!」 「オマール! 良かった、無事で……」  ミニミを携える手もそのままに、胸へ飛び込んでくる弟を抱き留めたマーカスは、部屋から溢れ出る匂いに気付いた途端、ぴくりと身体を跳ねさせた。 「ペリー、お前……ヒートか?」 「俺と番になれば、オマールは無事に……」 「ふざけんなよ、弟を利用しやがって!」  身を凍り付かせるオマールを突き放し、マーカスは足音も高くバスルームへと踏み込んだ。 「お前、自分が何しようとしたのか分かってんのか?! こいつを縛り付けようとしたんだぞ!」 「お前がいつまでも俺の項をほっとくなら、ちび助に噛ませるまでさ。どうせ一緒だろう。お前はこいつを、手離す気がないんだから」  伏せていた顔をうっそりと持ち上げ、ペリーはそのヘーゼル色の瞳を、じっとマーカスに突き刺した。 「お互い様だな。お前だって、この子を玩具にして楽しんでる癖に。オマールを立派なやくざ者にして、こいつの父親へ復讐したいんだろう」 「オマール、こいつの話に耳を貸すな」  いつもの軽やかな口振りと一転、マーカスの声はぞっとするほど落ち着き払っていた。 「こいつは今発情してる。まともな会話なんか出来やしない」 「俺が死のうと、こいつは幾らでも新しい相手を作れる……俺は駄目だ。番が死ねば、後は無惨に狂い死にさ」  唾液にぬらぬらと光る唇からこぼれる荒い息、林檎のように紅潮した頬、滴り落ちそうなほど潤んだ瞳。ペリーの放つ匂いは強烈で、その場に崩れ落ちてしまいそうになる。 「なあ、マーカス。俺を噛んでくれ、縛って欲しいんだ。お前と一緒なら死んでもいい」 「何で死ぬとか、狂うとか、お前はそうやって!」  眼前でふらふら揺れる、濃い色の髪をぐいと掴み、マーカスは声を荒げた。 「生きようとしないんだ! どいつもこいつもオメガは、アルファと番いさえすれば幸せになれると思ってやがる! お前は立派な才能があるんだ、ちゃんと戦おうとしろよ!」 「この身体の事なんか何も知らない癖に! アルファとは違うんだ、俺は、オメガは、所詮お前らのお情けに縋って生きなきゃいけないんだよ!」  泣いて、叫んで、それでも決して怯まずマーカスに訴えるその姿を、オマールは強く美しいと思った。なのに、ペリーは自分自身を信じない。挙げ句頭を突き放されても、その場に倒れ込んでしまう。ふうっと、肩で息をしながら、マーカスは愛する男を見下ろした。 「取り敢えず、薬飲んで落ち着けよ。その匂いをぷんぷんさせてる間は、話をするつもりはない」    マーカスが踵を返すまで、ペリーはその場で微動だにしなかった。やがて体はのろのろと起き上がり、床を這い始める。先程自らが撒いた抑制剤に目もくれず、彼はバスルームの奥へと向かった。  洗面台に落ち込んでいた茶色い小瓶を掴み取ると、コルク栓を引き抜く。ざらざらと手の中に落とされるものを見て、オマールが気付いた時には遅かった。  10粒ほどの白い錠剤は、一切の躊躇無く口の中へ放り込まれようとした。メキシコから渡ってきた、神との繋がり。飲んではいけない禁断の薬。  なぜ、なぜそんなことを。ちゃんと話せば、マーカスはきっと分かってくれた。怒っているにしても酷すぎる。  引き金を引いた瞬間は覚えていない。ただ散らばる薬を追うよう、右胸を鮮血で染めながら倒れるペリーと、彼の元に駆け寄って抱き留めたマーカスの姿は、スローモーションで繰り広げられたかの如く、はっきりと記憶に焼き付いている。 「どうして、一体どうして……」  兄が泣き叫ぶ姿を初めて見た。裂けそうなほど目を剥いたまま、ペリーは全身を硬直させ、やがて痙攣が始まる。大丈夫、多分あの場所なら。今から病院に行けば死なない。マーカスがこれまで、部下や悪い奴にしたのを、幾度と無く見てきたから、オマールはよく知っている。  銃口から立ち上る硝煙は、酷く甘い匂いがした。うっとりする。安堵を伴う陶酔は、目の前で一つの塑像のようになった恋人達の姿を目にすれば、益々高まった。 「大丈夫、マーカス。ペリーは何も悪いことなんかしてない、決してさせないよ」  その続きを口にしてから、ようやくオマールは、ペリーと交わした約束を思い出した。構わない。もう秘密なんて不要だ。2人の間に、そんなものは。 「赤ちゃんを、神様なんかに渡すもんか」  例えどんな障壁に阻まれようとも、運命ならば乗り越えられる。誰かと誰かがこれほどまでに激しく愛し合う様子を生まれて初めて目にし、オマールはそれを強く確信した。 終

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