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第5話 一緒

 数時間が経ち、俺の絵は完成した。  今までで一番の達成感。味わったことのない感覚に涙すら出てきそうだ。  俺が椅子に座ったまま呆けたまま動けないでいる。  ヒサも俺の絵を見たまま動かない。どんな顔してるのかは分からないけど、俺は十分ってくらい満足してる。 「……ヒサ」 「ん?」 「ありがとう」 「俺の方こそ、ありがとう。ずっと、アキに描いてもらえたらいいなって思ってたから、嬉しいよ」  こっちを見たヒサの表情は、今まで見たことないくらい優しい顔してた。  その顔もいつか描きたいな。 「遅くなってごめん。家に連絡とかしたか?」 「ああ、うん。大丈夫だよ」 「そっか。じゃあ駅まで送るよ」 「それも大丈夫だよ」 「でも、もう暗いし」 「うん。だから、帰る必要ないから」 「は?」  俺が眉間に皴を寄せて首を傾げると、ヒサがニッコリと満面の笑みでこっちを見てる。 「俺、今日からここに泊まる」 「ここって……俺んち!?」 「そう。アキのご両親は来年まで帰ってこないんでしょ? だったら俺がここに住んでも問題ないよね?」 「も、問題ないって……俺はともかくお前の親はなんて言ってんだよ」 「良いよって」 「マジかよ……」  待ってくれよ。もしかして、今日明日だけとかじゃなくて一年間ってことか。親が帰ってくるまで、ずっといるつもりなのか。  もうすぐ夏休みだし、親からの許可が下りてるんだったら俺は気にしないけどさ。 「でも、俺んちいたって何もないぞ」 「何もなくないよ。アキがいれば十分」  なんでそう恥ずかしいセリフがポンポンと出てくるんだよ。  まぁいいや。なんか昨日の今日で展開が早すぎて頭が追い付かないし、もう考えるのも面倒だ。  それに、これから一年間は好きな時にヒサをモデルにできるんだから悪い話じゃない。 「じゃあ、飯にするか」 「アキ、料理できるの?」 「ああ。苦手じゃないよ」 「じゃあ手伝うよ」 「ありがと。今あるもので作れるのは……そうだな、パスタとか」 「うん、アキの手料理が食べれるなんて嬉しいな」 「そんな大したものじゃないぞ」  俺らは一階のリビングに降り、夕飯の準備をした。  ささっとパスタを用意し、二人で食べる。  いつもはこの食卓で一人だった。普段からテレビも見ないから静かなこの場所でご飯を食べてたけど、今は違う。 「アキ、料理上手いね。メッチャ美味しい」 「そうか?」 「うん。うちの母さんより上手いよ」 「こんな簡単なパスタで親より上とか言ったらダメだって」  でも、口に合ったようで良かった。  家族以外に食べさせたこともないし、そんな機会も当然ない。  だからちょっと緊張したんだけど、お世辞でうまいって言ってる感じじゃないから安心した。 「そうだ。ヒサ、着替えとかどうする? お前、俺よりでかいもんな……」 「あ、そっか。その辺は考えてなかったな。今日はジャージ持ってないし」 「父さんの服でよければあるはず。ちょっと待ってて」 「ありがとう」  俺は一階に降りて父さんたちの部屋を調べた。  衣服はほとんど持ってっちゃってるけど、多分何かしら残ってるはず。お、このシャツなら大丈夫かな。スウェットもあるからこれでいいか。  そうだ。これからしばらくはヒサにこの部屋使ってもらうか。今日はさすがに掃除もしてないから俺のベッドを貸すつもりだ。 「ヒサ。服、これでいいか?」 「うん、ありがとう。明日学校の帰りに一回家帰って荷物取ってくるね」 「分かった。じゃあその時に父さんたちの部屋も片しておくよ」 「部屋?」 「ああ。しばらくここに住むっていうなら寝る場所がいるだろ? 今日は俺のベッド貸すけど、客用の布団とかないから明日からは両親の部屋で」 「ご両親のベッドって大きいの?」 「うん? まぁ二人で使ってるからな」 「じゃあ明日から二人でそっち使おう」 「は? 一緒に寝るのかよ」 「うん、もちろんだよ」  なんでこいつは何でも一緒にしたがるんだ。  てゆうか、普段親が寝てるベッドでヒサと一緒に寝るのってなんか恥ずかしいんですけど。  だって夫婦で使ってるベッドだぞ。それを、俺とヒサがって、なんか、なぁ。  一応、俺たちだって付き合うことになったわけだし。男同士がどういう付き合い方をするのかは全然分からないけど。そもそも女の子とも付き合ったこともないんだけど。 「ヒ、ヒサ。マジで言ってんのか?」 「もちろんだよ。アキが嫌だっていうなら無理強いはしないけど……」 「……っ、お前はずるいな」  そんな子犬みたいにしょんぼりした顔するなんて卑怯だ。お前、自分の顔の良さ分かってるのか。 「わかったよ……でも、今日は別だぞ。お前は俺のベッドな」 「アキは?」 「俺はリビングのソファで寝るから」 「そんなの駄目だよ。俺がソファ使うから」 「駄目だって。お前は一応客なんだから」 「いや、それは出来ないよ。俺は床で雑魚寝でもいいから」 「だから客にそんなことさせられないって」 「じゃあこのベッドで一緒に寝よう。それがいい」 「は!? 俺のベッドは一人用だぞ?」  シングルサイズに男二人で寝るのかよ。  無理だって狭いって。 「大丈夫だよ。こうやって……」  ヒサが俺のことを抱きしめ、そのままベッドに倒れこんだ。  密着したまま、狭いベッドで寝転がる。確かにこれなら二人で使えるかもしれないけど、ちょっと寝にくくないか。 「……狭いぞ」 「そうだね。でも、アキをぎゅって抱きしめたまま寝れる」 「……俺が寝相悪かったらどうするんだ」 「その時はその時だよ」  笑みを浮かべながら、ヒサは言う。  俺、お前のその顔に弱いみたいだな。その笑顔向けられると何でも許してしまいそうになる。 「仕方ないな……」 「ふふ。ありがとう、アキ」  ヒサの指が俺の唇をなぞる。  それを合図にするみたいに、俺は目を閉じた。  そしてすぐに、ヒサの唇が重なる。柔らかい、温かい、優しい感触。  何度も何度も、触れては離れてを繰り返す。  啄むようなキス。  どこかくすぐったくて、胸の奥がきゅっと掴まれるような感覚がする。 「……ん、っひさ……」 「アキ……暁良……大好き」 「俺も……好きだよ」  お互いが眠るまで、俺たちはずっとキスをした。  やめたくないなって、そう思いながら。  多分きっと、ヒサもそんな気持ちだったんじゃないのかな。

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