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第4話 夕日

 俺たちに話しかけてくるやつは減ったものの、今日はずっと注目の的。  噂ってやつの怖さを身をもって知った。学校中の奴がもう俺たちのこと知ってるし、すれ違う先生たちも心配して声をかけてきた。  言葉を選んで話しかけてくる大人たちに、俺はただ大丈夫ですとヘラヘラすることしかできなかったけど、ヒサはしっかり対応してたみたいだった。なに、このコミュ力。ちょっとイラっとする。 「帰ろうか、アキ」 「……ああ」  放課後になり、当たり前のようにヒサは一緒に帰ろうとしてきた。  いや、いいんだけどさ。みんなに見られながら下校するこの恥ずかしさよ。なんだよ、この羞恥プレイ。ずっとこんなのが続くのか? 「ごめんね、アキ」 「え?」  道中、ヒサが申し訳なさそうに謝ってきた。 「俺、アキと付き合えるのが嬉しくて浮かれちゃって……嫌な思いしたんじゃない?」 「……お前、気にしてたのかよ」 「今になって少し恥ずかしくなっちゃった」 「おせえよ」  何今更になってそんなこと思ってんだよ。本当にもう遅い。遅すぎる。  もっと早くそれに気づいてもらいたかったけど、仕方ないか。  なんかもう、俺もそこまで嫌な気はしなくなった。 「いいよ、気にしなくて。ちょっと、開き直ってきたから」 「本当に?」 「ああ。でも、学校であんまりベタベタするなよ」 「……どこまでならいい?」 「……それ聞くのかよ」  お前の基準に合わせるととんでもないことになりそうだな。あとでちゃんと線引きしておかないと俺の身がもたなくなる。 「てゆうかお前……昨日もそうだったけど、帰り道逆なのにいいのか」 「いいの。一緒にいたいから」  恥ずかしい奴。時間の無駄とか思わないのかよ。  うち、駅から結構距離あるんだぞ。学校から家まで15分くらいあるし、さらに俺ん家から駅までは30分あるんだぞ。  それ歩くのキツくないか。俺なら嫌だな。 「そういえば、今更なんだけど。アキ、今日は部活ないの?」 「ああ。てゆうか美術部で活動してるのなんて俺くらいなものだし、他はみんな幽霊部員だからな。部活動何てあってないようなものだよ」 「そっか。じゃあ今度遊びに行こうかな」 「遊びって……お前こそ部活は? 確か陸上部だろ」 「俺も今は幽霊部員。せっかくだから美術部に入部しちゃおうかな」 「絵なんて描かないだろ」 「描いてる人を見てる」  あほくさ。  俺はコイツがどの部に入っていようと困りはしないけど、陸上部の奴は残念がるだろ。去年はマネージャーになるって女子が殺到したらしいし。  でもコイツ、今は部活参加していないのか。走ってるところ見たかったな。 「……じゃあ、美術部入るんだったら一つ頼まれてくれないか?」 「いいよ。何すればいい?」 「即決かよ。普通は頼みごとを聞いてから考えるものじゃないのか」 「アキからの頼みを断るわけないだろ?」  ここまで来るとちょっと気持ち悪いな。  まぁいいや。断らないっていうなら都合いいし。 「じゃあ、今日はうちに寄ってくれよ」 「アキの家に?」 「ああ。今、両親は先月から海外に行ってるから気ぃ使わなくていいぞ」 「へぇ。二人とも海外に行ってるんだ。何してるの?」 「俺の父さん、建築家なんだけど海外から依頼があってさ。来年まで帰ってこないんだよ」 「一年も?」 「ああ。まぁ、元々色んなところ飛び回ってるし、家にいることの方が少ないんだよ」  母さんまでいないのは今回が初めてだけど。さすがに二人とも長期で家を空けるから最初は不安だったけど、一か月もすれば慣れる。  料理とかは昔から母さんの手伝いもしてたし、今になっては母さんより俺の方が上手いし。 「……へぇ。一年もいないんだ」 「ああ。来年の夏頃に帰るって言ってたな」 「そっか」  なんだ。何の確認なんだよ。  そんなこと話してる間に家に着いた。  俺の家は父さんが建てたもので、二階は全て俺の部屋になってる。小学校の頃に賞を貰ったことで、もっと自由に絵を描ける空間を作ってやろうと父さんが二階部分を俺用のアトリエにしてくれたんだ。 「お邪魔します」 「どうぞ」  家に入り、真っ直ぐ階段を上がって俺の部屋に向かう。  そういえば、家に誰かを呼んだのって初めてだな。俺の部屋、明らかに普通じゃないけど大丈夫かな。引かないかな。 「ここが俺の部屋なんだけど……」 「うん」 「……一般的な普通の部屋じゃないけど、引かないでくれよ」 「うん?」  俺の言ってる意味がよくわかってないのか、ヒサは首を傾げた。  そうだよな。俺もそう思う。普通、友達を部屋にあげるのにそんなこと言わないもんな。  俺は覚悟を決めて部屋のドアを開けた。 「……うわぁ」  部屋の中に入った瞬間、ヒサは目を丸くしながら声を上げた。  やっぱり変な部屋だよな。  部屋に入って正面の壁は一面窓になってて、この時間は夕日がよく見えるようになってる。これは俺がお願いしたことで、窓が額縁みたいになるようにしてほしいって頼みを聞いてもらったものだ。 「すごいね、アキの部屋。なんかビックリしちゃった」 「俺の部屋兼アトリエにしてもらったんだ。適当に座っててくれ」  俺は部屋の角にあるベッドにカバンを放り投げ、クローゼットから着替えを出して部屋着になった。  さて。ちょっと緊張してきた。  俺の頼み。こいつを見た時から思っていたこと。  ヒサの絵を描くこと。 「……ヒサ」 「なぁに?」  窓辺で夕日に照らされたヒサは、まるで絵画のようだった。  ああ。これだ。俺が描きたかった瞬間。 「お前の絵を、描かせてほしいんだ」 「俺の?」 「ああ。ずっと前から思ってた。いいか?」 「もちろん。願ってもないことだよ」  よかった。  俺はイーゼルを出し、真っ白なキャンバスを置く。  ヒサを窓際に座らせ、俺も椅子に座って鉛筆を持つ。  なんだろう。今までにない感覚だ。こんなにも描きたいって気持ちが膨れ上がったことはない。  最近、ずっと筆が乗らなかったのに。  不思議だ。ようやく描きたいものが見つかった気がする。  この瞬間をずっと待ち続けていたと思うくらいに。 「……ヒサ」 「ん?」 「好きだよ」 「うん。俺も大好きだよ」  陽が落ちるまで、俺はヒサの絵を描き続けた。  永遠にも感じるような時間の中で。

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