3 / 5
第3話 初恋
ヒサの盛大な告白は瞬く間に学校中の噂となり、休み時間の度に他のクラスの奴らが俺らのことを見に来た。
改めてヒサのこの学校での知名度を痛感させられる。おかげで俺は昼休みになった今も周囲の視線のせいで飯が喉を通らない。
「……はぁ」
「どうしたの、アキ?」
「誰かさんのせいで俺は落ち着いて飯が食えない」
俺の机を挟み、向かい合って昼飯を食う様子を皆がチラチラ見てる。
ヒソヒソ声がやけに耳に入ってきて、そればかりが気になって仕方ない。中には泣いてる女子の姿も見える。きっとヒサのことが好きなんだろう。
それが男なんかと付き合い出したんだ。悔しくて仕方がないだろうに。
「俺は平気だけど」
「そりゃあ、お前はな……」
お前はいいよな、呑気で。
見てる奴らもそうだ。早くしないと昼飯食う時間なくなるぞ。
「ねーえ、宮間」
クラスの女子がヒサに話しかけてきた。
ヒサの前にいる俺はガン無視。まぁいいけど。
俺は二人の話に耳を傾けながら今朝コンビニで買ったパンを頬張った。
「宮間、今朝のあれってマジなの?」
「あれ?」
ヒサが不思議そうに首を傾けた。
今朝のって言ったら一つしかないだろ。お前が俺に包み隠さず好きだって言ったことだよ。
それくらい分かるだろ。疑問に思うなよ。女子の方もちょっと顔引きつってるじゃん。
「ほら、藤沢のこと」
「ああ。うん、マジだよ。昨日告白したんだ」
「へ、へぇ。宮間から、告ったんだ」
嬉しそうに、かつ照れながら言うものだから女子も困ってる。からかってやるつもりだったのか、ヒサにの冗談だと思ったのだろうか。
でもこの表情を見たら疑いようがないよな。屈託ない笑顔を見せやがって。こっちが恥ずかしいわ。
「でも、まさか宮間がホモだったなんて知らなかったな」
「それは、どういう意味?」
「え、だってそうでしょ? 男が好きなんだから」
「それは、ちょっと違うかな。だって、男だから好きになったんじゃないし」
「え?」
思わず声が出た。
そういえば、なんでヒサは俺みたいな奴が好きなんだ。俺も好きだって言われて応えちゃったけど、理由を問われるとうまく言えない。
ヒサには、あるんだろうか。理由が。
「てゆうかさ、俺がアキを好きになったことってそんな責められるようなこと?」
「え、いや……責めてるとかじゃ」
急にヒサの声色が変わった。
怒ってる。顔は笑ってるけど、声がいつもより低い。
女子の方も少し怯えてる。俺たちの様子を見ていたクラスの連中も空気の変化に気付いてる。
「俺は別にゲイになったつもりはないし、そういう人たちに関してどうこう言う気もない。俺は、初めてアキのことを知った時から好きだったし」
「初めて? 俺、お前と今まで接点なかったよな?」
「うん。だって、俺がアキのことを知ったのは小学生のときだし」
「え? いつ……」
「直接会ったんじゃない。絵を、見たんだよ」
絵。
確かにそれなら納得できる。俺の絵は小学生のときから市のコンクールとかで展示されることが多かった。
「小4年のときだったかな。学校の行事で公民館みたいなところに行かされてさ。物凄く退屈で、早く帰りたいなーって思いながら他の小学校の子が描いた絵を適当に見ていってたんだ。そしたら、一つだけ他とは全く毛色の違う絵があった」
「……」
「無駄に明るい絵の具で塗りたくられた子供の絵とはレベルの違う。寂しげで、物悲しさの溢れた木の絵」
覚えてる。あの絵は、好きな絵を描いていいって言われたときに描いたものだ。
周りの子は親とか友達とか、当時流行っていたアニメの絵を描いていた。その中で俺は、近所の学校裏にの木を選んだ。
その木は数年前からずっと枯れたままで、その年の春に伐採されることが決まっていた。
だからって訳じゃないけど、どうしても描いておきたいって思って筆を取ったんだ。
クラスメイトや先生は俺を変な奴だって散々言った。色鮮やかな絵の具を使う皆と違って、一人だけ暗い色しか使わなかったんだから当たり前なんだろうけど。
だけど俺の絵は評価だけは無駄に良かった。画力だけは高かったせいで、その絵は金賞を貰った。技術面だけ見られ、才能があるだの何だのって一部の先生たちがしつこくってウンザリしてた。
でも、ヒサはその絵を見て俺を知ったんだよな。
それは、少し嬉しい。
「俺さ、あの絵を見た瞬間に泣いちゃったんだよ。なんか、言葉に上手くできないけど心を鷲掴みにされた気がしてさ……冬空の下に描かれたそれはどこか寂しげなのに、なんか力強さみたいなものを感じて……凄く温かいなって思ったんだ。」
驚いた。
言葉にならない。
あの木は、ただの枯れ木なんかじゃない。春になれば美しい花を咲かす、桜の木だった。
それを、ヒサは気付いたのか。いや、違う。感じたっていうべきなのか。
俺の絵で。
俺の描こうとしたものを。
「名前は絵の下に書いてあったのをずっと覚えてた。まさか高校生になって、本人に会えるなんて思ってなかったけど」
「……幻滅、しなかったか?」
「全然。実際に会ったアキは物静かで、何に対しても無関心って感じだった。でも、絵を描いてるときは違う」
そっと、ヒサの両手が俺の頬を包んだ。親指で優しく目元を撫でながら、真っ直ぐ俺のことを見つめてくる。
「まるで、その目で物に触れてるような、何でも見透かすような目。その目で見たものを描く華奢な手。全部が、愛しいと思った。この目が、この手が、あの絵を描いたんだって……あの絵は、アキそのものみたいだと思ったよ」
「俺……?」
「うん。実際にアキに会って、俺は恋をした。あの日、感じた気持ちは恋だったんだって気付けた。本当はもっと早く声をかけたかったけど緊張しちゃってさ」
「……お前でも緊張するんだな」
「するよ。だって、好きな子相手なんだから」
気付けば、ヒサに隣にいた女子はいなくなってた。
俺も周りの目が気にならなくなっていた。
嬉しくて仕方ない。涙が、溢れだして止まらない。
どうしてこんなに涙が出てくるのか自分でもわからないけど、決して嫌なものではないのは確かだ。
お前で良かった。俺、お前に好かれて良かったよ。
絵を描き続けて、良かった。
お前が、見つけてくれたから。
ともだちにシェアしよう!