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第2話 宣言

 翌朝。  俺はいつものように朝早くに家を出て美術室へと向かった。  今は特に出展用の絵を描かなきゃとかそういうのはない。だけど毎朝必ず何か描かないと一日が始まったような気がしないんだ。  だから、これは日課。昔は家で描いてから登校してたんだけど、それだと遅刻しそうになるから学校の美術室を借りて描くようになった。 「……さて、と」  職員室で鍵を借りて、美術室に入る。  もちろん誰もいない。というより、美術部自体があまり活動をしていない。うちは部活動への参加厳守だから、適当に文化部に入部する所謂幽霊部員が多い。  特に美術部はコンクールなどの出展も強制ではないから、そういった奴らにとって都合がいい部なのだ。 「……はぁ」  イーゼルを出して、真っ白なキャンバスを置いて、準備はできた。  だけど手が動かない。  描きたいものはある。でも、イメージというか形がまとまらないというか。  理由は分かってる。昨日のアレだ。  宮間と。ヒサと付き合うことになった、んだと思っていいんだよな。こういうの経験ないし、昨日の今日でいまいち実感湧かないっていうか。実はあれ夢だったんじゃないかって思ってしまう。  それくらい実感がないんだ。あの後も宮間、じゃなくてヒサはすぐに帰ったし。 「……今なら描けると思ったんだけどな」  ずっと描いてみたいと思っていた。  だけどどうすれば思ったように表現できるのかが分からなくて、諦めていた。  でも、今なら。今なら描けるように思えたんだ。朝起きて、無性に描きたい気持ちでいっぱいになったのに。  なんでかな。いざキャンバスを前にしてみると、筆が乗らない。 「ダメ、か」  仕方ない。  とりあえず俺はデッサン用の石膏像を出してそれを描いた。  ただひたすら、無心に、白を黒で染めていく。  そういえば、教室でアイツに会ったらどんな顔すればいいんだ。  普通に挨拶して、それから。それから、どうすればいい。  俺は手を止めて深く息を吐き出した。  ヤバい、緊張してきた。  アイツがどんな反応してくるのかもわからない。女子とも付き合ったことないのに、いきなり男と交際とか恋愛初心者にはハードルが高すぎるんじゃないのか。  まぁ、受け入れたのは俺だから自業自得というかなんというか。  しょうがない。なるようになれだ。  宮間、じゃなかった。ヒサもみんなが見てる前で変なこと言ったりしないだろ。  俺はイーゼルを片付けて教室へと向かった。 「……ふぅ」  落ち着いて、深呼吸。  教室に入る一歩手前で俺は足を止めた。  多分もうアイツは来てるはず。まずは挨拶だよな。でも俺ら今まで会話なんかしたことないんだぞ。それがいきなり話し出したら変に思われないか?  てゆうか俺、いつも誰かに話しかけたりしたことないし。話しかけるだけでも十分ハードル高い。  俺はお前と違ってコミュ障なんだぞ。 「アキ?」 「うわっ!」  いきなり声をかけられ、思わず大きな声が出てしまった。  廊下にいる奴らがこっち見てる。ヤバい、恥ずかしい。俺、今まで目立たず騒がず地味に生きてきたのに。 「……どうしたの、アキ」 「あ、いや……何でもない」 「そう? あ、おはようアキ」 「お、おう……おはよう」 「……おはよう、アキ」  なんだ、コイツ。笑顔でメッチャ圧倒してくる。  俺、なんか変なこと言ったか? 「どうしたの? アキ」 「お前こそ何なんだよ……」 「ん? だから、おはようアキって」 「……俺も言ってるだろ、おはようって……あ」  ああ、なるほど。名前を強調して言われてやっと気付いた。  恥ずかしいから言いにくいんだけど、これは呼ばないと詰むな。  人目もあるし、あんまり呼びたくないんだけど仕方ないな。 「……お、おはよう。ヒサ……」 「うん、アキ」  満足したのか、ヒサは俺の肩を抱いて教室に入っていった。  待て待て待て、何してる。あまりにも自然だったから俺も普通に流されちゃったじゃないか。 「お、おい! 何してんだよ」 「何って? ほら、早く席着かないと」 「いや、そうだけど……」  お前が肩なんか抱くからみんなが変な目してこっち見てるじゃないか。  俺が今まで地味に生きてきたことが無駄になるじゃないか。俺は極力目立ちたくないんだ。ここはどちらかと言うと運動部に力が入ってるから文化部は基本目を向けられない。だから俺がコンクールとかで賞を取っても誰も気付かない。朝礼とかで発表されることも絶対にない。だからこの高校を選んだようなものなのに、お前って奴は……。 「アキ、顔怖いよ?」 「誰のせいだよ……」 「俺?」  コイツ、分かっててやってんのか?  てゆうか俺のこと一年の頃から知ってたみたいだし、俺がどう過ごしてきたかも分かってるはずだ。  じゃあ何でこんなことするんだ。男同士だし、あんまり大っぴらにすることじゃないと思うんだけど。そういうことに理解持ってるの、絶対に少数だし。 「ヒ、ヒサ。教室でベタベタするなよ」 「どうして?」 「どうしてって、周りに変に思われるだろ。ただでさえお前は目立つのに」 「良いじゃない、どう思われたって。俺ら、付き合ってんだから」  その発言に、教室内が一気にざわついた。  ヤバイ。特に女子たちの目線が痛い。クラスで、いやこの学校で人気のあるお前が俺みたいな地味で冴えない奴なんかと付き合ってるなんて知られたらどうなることか。  もう俺、明日から学校に来られないかも。 「ヒ、ヒサ……お、おま……」 「アキ。俺は君への想いを隠したくない」 「っ!」 「アキからすれば迷惑だと感じるとは思ったよ。でも、本気で好きだから。ずっと好きだったから。コソコソしたくないんだ」  真剣な目。  さっきまでざわついてた教室も一気に静まった。まるでドラマのワンシーンみたいに、俺らに注目が集まってる。  何、これ。俺、完全にヒロインポジションじゃん。  なのに、なんでかな。  嬉しくて、泣きそう。  ヒサの掌が、俺の頬にそっと触れた。  少しだけ冷たくて、心地よくて。そのまま目を閉じて身を委ねたくなる衝動を必死に抑えた。  ズルいよ、本当に。  お前に勝てる気がしない。 「愛してる、暁良」  クラス中に宣言するように告げられたヒサの想い。  俺は、もう恥ずかしいとか感じるより泣きそうになるのを堪えることにしか意識が向いてなかった。  俺だって、お前のこと。

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