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第1話 始まり
無情なまで、晴れ渡った青空。
雲一つない空は、お前の旅路を見送るのに相応しい。
「良かったね、ヒサ」
君の望んだ、自由な世界。
そこに俺はまだ逝けないけれど、お前とはずっと一緒だ。
お前が、俺に心を残していってくれたから。
■ □ ■
俺がヒサこと宮間久紀 と知り合ったのは高2の夏。
いや、知り合ったって言うのはおかしいか。高1の時からクラスは同じだったけど一度も口を利いたことはなかった。
俺とアイツは正反対。黙っていても人の目を惹く宮間と違い、俺は基本的に一人だ。
特に親しい友達もいない。別に苛められてるとかハブられてるとかじゃない。何かあれば話しかけられたりもするし、こっちから話しかけることだってあるし無視されたことはない。
ただ、必要以上に親しくなりたいと思わないだけ。
そう思ってる俺と違い、宮間は無駄に友達が多い。男女問わず惹きつけるし、先生からの評価も高い。
先輩後輩にも慕われてるし、女子の人気も群を抜いている。
まるで少女マンガから出てきたかのようなイケメン。そのクセに男子から嫌われるようなこともない。
異常なまでに出来過ぎたヤツだが、俺とは全くと言っていいほど接点がないからどうでもいい。
これから先もずっと、卒業するまでコイツとは話をすることもないだろう。
そう思っていた。
■ □ ■
「藤沢暁良 君」
夏休みが始まる一週間前の放課後。
俺は校門を出たところで宮間に声を掛けられた。
まさかコイツ、俺のこと待ってたのか?
この時間までずっと?
俺、部活で結構遅くなったんだけど。
もう陽も沈みそうなんですけど。
「……宮間、俺のこと待ってたのか?」
「うん。藤沢君と一緒に帰りたいなって」
「なんで?」
「君と話がしたかったんだ」
「……なんで」
「だって君とは一年のときから同じクラスだったのに一度も話をしたことなかったし」
つまり単なる興味本位か。
その為だけにこんな時間まで残ってるなんて馬鹿だな。
まぁ一緒に帰るのは別に構わないけど、俺といてもつまらないだろ。何話すんだよ。俺から話しかけることはないぞ。
「いい?」
「いい、けど……」
「よかった。断られたらどうしようかと思った」
それくらいで断ったりはしないけどさ。
宮間は嬉しそうな顔で俺の隣に並んで歩きだした。
何、コイツ。なんで俺と一緒に帰れるだけで嬉しそうなの。意味わかんないんですけど。
「ねぇ、藤沢君。暁良って呼んでも平気?」
「え、ああ……」
いきなり名前で呼び捨てかよ。
そこまで仲良くなった覚えはないぞ。馴れ馴れしいというか、一気に距離詰められすぎてビビるんだけど。
あれか、コイツの周りにいる女たちはこういうのが好きなのか?
俺には全然理解出来ない世界だ。
「暁良、今日も部活?」
「あ、ああ……」
「美術部だよね。またどっかに出すの?」
「え? あー……部活で提出する分があるから、それを……」
宮間、俺が美術部だって知ってたんだ。
しかも、また出すのってことは俺が出展してることも知ってるってことか。
そういえば、いつだったか市の公民館とかに張り出されたこともあるから、多分それを見たのかな。
なんか、ちょっと意外。そういうの興味ないと思ってた。
「……暁良。もしかして迷惑だった?」
「え?」
「さっきから眉間に皺寄ってるから」
「え、いや……そんなことは」
なくもないけど、迷惑ってほどじゃない。
誰かと一緒に帰るとか小学校の頃にあった集団下校くらいだし、なんか慣れないというか変な感じというか。
てゆうか、帰り道一緒なのか? 今まで登下校のときにコイツのこと見掛けたことないけど。
まぁ基本的に俺は朝早く登校するし、帰りも下校時間ギリギリだから当然なんだけど。
「俺ねさっきも言ったけど暁良とずっと話がしたかったんだよ」
「……なんで」
「好きだから」
「は?」
「本当は一年の頃からずっと話しかけようとしてたんだよ。だけど中々勇気が出なくてさぁ」
ちょっと待って。普通に話を進めないでくれ。
今、とんでもないこと言わなかったか?
俺の聞き間違いなのか?
そうだよな。そんな訳ないもんな。
「なんで俺に話しかけるのに勇気なんかいるんだよ……てゆうか、俺なんかと話してもつまらないだけだぞ」
「そんなことないよ。俺は暁良と話してて楽しい」
「まだそんな話してないだろ……」
「うん。でも楽しいし、嬉しい」
変わったヤツ。
会話らしい会話なんかしてないし、楽しいとか思えるほど盛り上がってないぞ。
意味わかんねー。しかもコイツ、話がしたかったって言う割にそこまで話振ってくる訳でもないし。
てゆうか、コイツは何処まで着いてくるんだ?
マジで近所なのか? でも今までコイツのこと見掛けたことないぞ。
「なぁ……そろそろ俺んち着くんだけど、宮間ってどこ住んでんの?」
「ん? 俺はいつも電車通学だけど」
「は? 駅過ぎたっていうか……うちと逆方向だろ」
「そうだね」
何ヘラヘラ笑って言ってんだよ。
じゃあ俺と一緒に帰る為だけにこっち来たのか?
マジで何のためにだよ。馬鹿なのか。コイツはアホなのか。
「言ったじゃん。一緒に帰りたかった。話がしたかったって」
「言った、けど……話すだけなら学校でも出来ただろ」
「それじゃあ一緒に帰れないじゃん」
何なのマジで。どうでもいいだろ、そんなの。
本気で何考えてるのか分かんない。
俺との共通の話題とかも多分ないだろ。去年も全く話したことないし、高校からコイツのこと知ったから思い出も何もない。
話こともないのにわざわざ寄り道するような距離じゃないぞ。俺の家から駅はかなり遠いんだし。
マジでなに。
こんな無意味なことして何になる。
お前に何か得なことでもあるのかよ。
いくら俺が頭を悩ましても答えは出ない。
そうこうしてる間に、もう俺の家の前に来た。
「じゃあ、俺んちここだから」
「……待って、暁良」
外門に手を掛けようとした瞬間、俺の腕は宮間に掴まれた。
振り返ると、さっきまでとは打って変わって真面目な顔をしてる。なんでそんな顔してるんだよ。
俺は門から手を離し、宮間の方へ向いた。
「話、まだ終わってないよ」
「は?」
「さっきは軽く言って流しちゃったけど……今度はちゃんと言うから」
そう言いながら、宮間は俺の両手を握った。
何これ。
どういう状況だよ。
なんでそんな目を俺に向けるんだよ。
真っ直ぐ、熱の籠った瞳。
なんで俺、ちょっと泣きそうなんだ。
手を掴まれてなかったら逃げ出してしまいそうなほど、見られてるせいか?
「俺、暁良のことが好きなんだ。ずっと前から、暁良のことを見てた」
「な……!?」
「本気だよ。だから、暁良にも本気で答えてほしい」
本気でって、それは男だからとかそう言う理由で振るなって言いたいのか。
別に俺はそういうの気にしないというか興味ないというか、同性だからどうこう言う気もないっていうか、そもそも人を好きになったこともないんだけど。
でも、どうしよう。言葉が出てこない。
興味ないって言えばいい。
それだけなのに、言えない。
コイツの目が、俺の言葉を奪うみたいだ。
見られてるだけで、心臓掴まれてるみたい。
何もかも見透かされるような、そんな眼差しで見ないでくれ。
確かに俺は恋愛に興味を持ったことはない。
だけど、宮間を意識したことがない訳じゃない。
だってコイツは目立つ。
嫌でも目に付く。
それに、ずっと描いてみたいって思ってた。
まるで、空みたいな人。
みんなに囲まれているときのコイツは青空みたいなのに、一人でいるときは夕焼けみたいに寂しげで。
何度も筆を取りたいと思った。
コイツを描きたかった。
それがどういう感情なのかは分からない。
ただ、憧れていたことは確かなのかもしれない。
コイツの俺に対する好意を、俺が宮間に抱く憧れが同じ名前のモノかは分からない。
でも。
でも、今はコイツの手を離したくないと強く思った。
「……俺で、いいのか」
「良い。暁良じゃなきゃ嫌なんだ」
「宮間……」
「久紀、だよ」
「ひ、さ……」
「うん。うん、アキ」
宮間は。ヒサは、優しい笑みを浮かべて俺のことを抱きしめた。
何かがカチリとハマったような気がする。
これで良かったんだと、何かが頭の中で囁いた気がする。
「愛してる、アキ」
ヒサはそっと俺の頬を撫でて、唇を重ねてきた。
不思議と嫌じゃない。
自然と受け入れている俺に、正直驚きを隠せないでいるけれど。
この瞬間、俺の中でコイツに対する思いが変わったんだ。
憧れが、好きに変わった。
これが、俺とヒサの出逢い。
俺達の始まり。
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