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第138話 ノープラン

 教室の窓の外は、少し薄暗くなってきた。  美樹ちゃん。なんて言うんだろう。  妙に緊張してて、心臓の音が速い気がする。   「なんで……」 「……え?」 「なんで、颯と結婚、したりするの」 「――――」  何でと言われると、答えに困る。  あの瞬間、大好きになってて……運命だと思っちゃったから、とか。  そんな、運命なんてもの、今言っても、しょうがないよな。 「だってずっと、あなたは颯に喧嘩売ってたでしょ。颯に勝ちたかった、だけでしょ」 「……うん」 「颯のこと、好きなんかじゃなかった、でしょ」 「――――」  確かに当時は、好きとか、そんなことは思ってなかった。執着はあったから家族にはからかわれたけど、でも好き、とかじゃなかったと思う。でも、嫌いだったかと言われると……。 「……嫌いじゃなかったよ? でも、あの頃は、勝ちたくてしょうがなくて……それだけだったかも」 「……」  それきり、美樹ちゃんは少し黙ってしまう。   「……食堂で」 「あ、うん」  食堂?  思ってもなかった単語に首を傾げる。  きゅ、と唇を噛んでから、美樹ちゃんはオレを見つめた。 「食堂でイケメンコンテストの話。してたでしょ……」 「……あ、オレが??」  記憶を一生懸命巻き戻す。してた気がする。……昴たちとだよな。 「夫夫対決になるから出ないって……」 「あ、うん。言った」 「……気まずくなったら、嫌だからって」 「うん。言った。あの時、近くに居たの?」  そう聞くと、こく、と小さく頷く。  そうなんだ。全然、気付いてなかった。 「そっか……」  うん、と頷いている内に、なんとなく分かってきた。この話をされている意味。 「孝紀には止められた。そんなことしても、多分、辞退するだろうし、たとえ出ることになっても二人は気まずくもならないだろうし。……私が嫌な気持ちになるだけだからって」 「……ん」 「…………でも……あなたがちょっとでも……困ればいいと、思った」  うぅ……。  ……明らかな、そういう言葉を、こんな風に直接聞くと、胸が痛いな。 「その後、エントリーの紙を貰いに行くっていう話も聞いて……私もその後、勢いでもらいに行ったの」  オレを、ちょっとでも。困らせたかったから、か。  なんとなく分かってたけど。なんて返せば、いいのかな。   「……ん」  オレは、頷いた。  美樹ちゃんの視線は、斜め下。オレとはあわせない。   「……あの、さ」  ちょっと気になっていたこと、聞いてみることにした。 「……コンテストの推薦文って、誰が書いたの」 「………………」  あれ。超無言になってしまった。ものすごい沈黙の後。 「……私」  消え行ってしまいそうな声に、何だか胸がズキズキしてきた。 「そっか」  ……推薦文なんて、オレのことで、書くことがあったのかなって思ったから聞いたんだけど。誰かオレを知ってる人に、書いてもらったのかなとか。実はちょっと気になってたんだけど……そっか、美樹ちゃんが、書いたのか。 「……あのさ。オレ、責めるつもりないよ。……颯も言ってたけど、コンテスト。推薦は、別に悪いことじゃないし。なんとなく、気持ちは、分かるから」  そう言ったら、美樹ちゃんはパッとオレを見て、何とも言えない表情を見せた。怒ってるみたいな。泣きそうな。なんか……悔しそう、な。  なんて言ったらいいんだろう。  もう良く分かんないけど。  ……思ってること、伝えるしか、ない。 「オレ……推薦文書いたから分かるけど。……いいとこ思い浮かべなければ書けないと思うし……じゃなきゃ他薦で受理なんかしてもらえないと思うし。……そっちは、もうほんと、なんでもよくて……」 「――――」 「オレが困ればって……気持ちも、なんか分かる。もしかしてそうかなって少し思ってたし……」  そう言うと、美樹ちゃんは、小さく首を振った。   「気持ちが分かるなんて言わないで。……あなたに私の気持ちなんて分かんないし……」  オレは、言葉を一旦とめて、美樹ちゃんを見つめた。 「……うん。でも……颯をずっと好きだったのは聞いた、から」  何て言ったら。何て話したら。どうしたら、いいんだろう。  ノープラン過ぎて、もう、オレ、ほんと馬鹿。  話の着地点すら決まってないし。 「……そうよ。中学生の時から。初めて会った時からずっと好きだった。ずっと一番近くに居たの、私だし」 「――――……」 「告白もずっとしなかったのは……付き合って、別れて、離れたくなかったから。……付き合っても長続きしない颯と付き合ったら……側に居られなくなっちゃうから」 「――――……」  ……何で告白しなかったんだろうって、そう言えば思ったっけ。  そっか。……そんなに、好き、だったのか。 「他の子と付き合うの、嫌だったけど……それでも、離れたくなかったからだし……!」  ああなんか。すごく、切ないな。もう。  ……となりで誰かと付き合うの見てるなんて嫌だったろうに。それでも、颯の側に居たかったのかと、思うと――――……。  胸の奥が痛くて……。 「……っ……なん、で」  美樹ちゃんの声に、顔を上げた瞬間。  ぼろ、とオレの目から涙が零れ落ちた。  うわ。オレ何泣いてんだ。バカ。オレ。オレが泣くとこじゃないし。やば。  慌てて、袖で顔を拭いたけど、何でか、涙が止まらない。  やばい。絶対怒られる……。 「もう、何であなたが泣くのよ!! どう考えても私が泣くとこだし!!」  案の上、声を上げた美樹ちゃんの瞳から、ぼろっと、涙が零れ落ちた。 「~~~~ッ……!」  わーわーわー。泣かせちゃったーーー! 「ご、ごめん……ハンカチ使っちゃったからティッシュでいい?」  鞄からティッシュを出して、机の上にそっと置いた。けど、美樹ちゃんは自分のハンカチを取り出して、涙を拭いた。あ。オレのは使いたくない? うう。どうしよう。  ……オレ達二人で、泣いて、何してんだろ……。  颯に聞かれたくないかなと思って、颯を入れないでって言ったけど。  ……こんなバカなとこ見せたくなかったから、よかった……。  何オレ、泣いてんだ。 「何で……泣くの」 「……ごめん。あの……」 「――――……」 「……分かんない。なんか。……そんなに好きだったんだと思ったら……だけどごめん、オレ、別れられないし……でもなんか、ほんと……」  ああなんかもう、うかつに馬鹿な事言うとまた傷つけちゃうかもしれないし。……何て言うべきなのか全然分からない。  言葉に困って、黙っていると。  美樹ちゃんが静かに言うことには。 「……だから私、あなたのこと、嫌なのよ……」 「――――……ごめんね……」  ああもうほんと。  ……どうしたらいいかな。女の子泣かせちゃだめだろ、オレ。  ていうか女の子より早く泣いてるってどういうこと。

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