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【第一章 夜に秘める】月が見た凌辱(1)
王の蛮行から、時をすこし遡る。
下弦の月が照らす岩肌を二頭の馬が歩を進めていた。
「やはり危険だ、アル。戻ろう……いや」
戻りましょうと言い直したのは、後方を行く栗毛の騎馬である。
すでに敵陣近くである。
誰に聞かれているか知れない。
配下が上官──しかも仕えるべき王族に友だちのような口を利くのはまずいと思ったのだろう。
前を行く白馬の歩みは止まらない。
だが、騎乗していた金髪の青年が振り返った。
緊張ゆえか整った表情は硬いが、翡翠色の双眸には理知的な光が瞬いている。
「堅苦しい言葉は抜きだ、ディオ。俺はお前を兄とも思っている」
アル、ディオと呼び合う二人だが双方の剣の鞘に彫られた文字から、それぞれアルフォンス、ディオールという名だと分かる。
「それに──」
名の横に刻印された古王国レティシアの紋章を指先でなぞり、アルフォンスは行く手を睨む。
「今更退けるか。俺には責任がある。何としても交渉をまとめなくてはならない。多くの民を戦火から守るため……そして姉上のために」
ブルリと細い背が震えたのは寒さのためばかりでもあるまい。
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