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【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】刺さる棘(14)
「触るな……っ!」
カインの腕が跳ね上がり、アルフォンスの手を払いのけた。
「な、何言ってるんだ。こんな状況で……」
翡翠の双眸が小刻みに震える。
明らかに傷ついた表情で、しかし決して態度には出すまいとアルフォンスはなるべく事務的な手つきを装ってカインの服をまくり、そして息を呑んだ。
腹に胸に背に──黒衣の内には醜く抉られた傷跡が無数に走っていたのだ。
元軍人である。
一体どんな戦場を潜り抜けてきたのだ。
「……いや、違う」
傷跡は白く引きつれていて、かなり古いものと分かる。
アルフォンスは呆然と呟いた。
「俺は、この傷を知っている……」
突然、脳内で光が瞬いた。
蘇る記憶──それは今と同じ。血の匂いに彩られたものであった。
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