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【第三章 憎しみと剣戟と】花の向こうで眠れ(11)
古王国レティシアと新興軍事国家グロムアスは毎年のように国境付近で小競り合いを繰り返していた。
国境線がはっきりと確定していないものだから、相手国の民が羊を追って侵入してきただの小麦を勝手に収穫しただの、些末な争いが軍を招集しての小規模な戦闘に発展するのだ。
大規模な戦いにならないのは、互いに引き際を心得ているからにすぎない。
つまり両国は絶妙な均衡の上に平和を保っていたのである。
この場合、国というものは弱者にはとことん無頓着である。
国境付近の集落は戦乱に巻き込まれるのが常だ。
今年は兄弟が住む村が戦闘の舞台となった。
一方の軍が駐屯地として滞在したため、もう一方の軍に夜襲を仕掛けられたのだ。
流れ矢に当たり、あるいは斬り合いの楯にされる形で村人は死ぬ。
家に押し入られ金目の物を奪われ、逃げ遅れた者は奴隷として売買するために檻に放り込まれた。
両親ともはぐれ、この状況で希望なんてなかったけれど、せめて兄弟一緒の檻に入れられたのは幸運だったと思う。
大人二人が入れば身動きすらできないだろう狭い檻だ。
だが一緒にいれば、何とかして弟だけでも逃がしてやることができるかもしれない。
そして幸運はもうひとつ。
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