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【第三章 憎しみと剣戟と】花の向こうで眠れ(10)

     ※  ※  ※  そのときまで、希望なんてどこにもなかった。  ──これは幼かったあの日。  決して忘れることのできないカインの記憶である。 「食え」  与えられたパンは僅か一片だった。  家畜に対するように、檻の外から放り込まれたのだ。  作られて何日経ったのか、石のように堅いということが見た目で分かるパンだが、空腹に晒された身にとってはようやくの食べ物である。  少年カインはパンを拾いあげた。  半分に分けるふりをして、すべてを傍らの弟の手に握らせる。 「ディオール、堅いから気をつけろ」  自分も食べていると装ってぎこちなく口を動かす兄に疑問を抱く余裕など、このとき弟のディオールにもなかったのだろう。  パンをつかむと口の中に押し込んだ。 「ゆっくり食べろ。唾でやわらかくしながら」  コクコクと頷くディオール。  食べ盛りの弟は今の境遇への不安よりも、とにかく空腹に耐えられないのだ。 「もう少しだけ我慢しろ。僕が助けてやるからな」  兄の頼もしい言葉に根拠など求めず、素直に頷いてみせる。

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