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第40話 授かりしもの(3/3)(最終話)
「了解。僕がキッチンにいる間、雫がむずがらないように、七月があやしてやってくれ」
「子どもじゃないんだ。おれも手伝う」
触れる制限がなくなり、久遠と七月はたまに結託した様子で、秘密の作戦会議をする。ふたりのアルファの間に入りたくて、妬いてみせたりもする雫だが、最終的に雫が加わると、大切に扱われすぎて、時々、泣いてしまいそうになる。
「おれと七月が手伝えば、きっと早く食べられるよ。玉葱も、刻めるようになったし」
「何事も場数を踏むのが上達への近道ですが、我が儘を申し上げれば、七月はあなたに触れていたい気分です」
「っ……ずるい」
運転しながら、久遠に触れられながら、殺し文句を言われたら、七月に従わざるを得ない。
「七月とするのは、嫌ですか……?」
「そ、そうじゃない。違う。けど……っ」
七月にせがまれるのは、嫌いじゃない。もっと我が儘を言って、困らせて欲しいとさえ、時々、思う。
「じゃ、料理をしながら、きみらがイチャイチャするのを見ていてあげるよ。雫、七月」
久遠が繋がれている雫の腕を持ち上げ、手の甲にキスを落とす。
「っハンバーグを焦がしたら、今週ずっと口を利かないからなっ」
拗ねてみせると、アルファのふたりは心得たとばかりにくすくすと笑った。
「それは困るな。可愛い僕の大好きな人には、ベッドでちゃんと鳴いてもらいたいから……声が出るまで胸を弄って、音を上げても焦らしてあげようか……?」
少し倒錯的なことを久遠に耳元で囁かれると、ぞくぞくしてしまう。
「み、んなして……っ意地悪、して……」
雫が身じろぎすると、不意に車の速度が上がった。七月がアクセルを緩く踏み込んだせいだ。驚いて、恥じ入り伏せていた顔を上げると、七月は涼しい顔のまま、公道を疾走する。
「失礼……雫があまりにも可愛いことを言うので、つい」
つい、急ぎたくなった、でスピードを上げられては困ると思ったが、隣りの久遠が茶化す。
「今のは雫が悪い」
「おれ……? 何で、おれ?」
「無自覚なきみに、今すぐわからせてやりたいな。七月、帰ったら、頼むよ」
「はい、久遠」
頬が火照り、雫は何か言葉を継ごうとしたが、久遠と七月が仲良く笑っているのを邪魔したくない。冗談に笑う七月が好きだ。七月を唆し、雫を焦らす久遠が好きだ。少し意地悪なところも、天邪鬼なところも、大切だと思える、大事なふたりだ。
駐車場に停めた車から降りると、夜空に瞬く星を見上げる。左右に久遠と七月がいて、雫は心から安堵した。まだ時々、問題は起きるが、こんな幸せが訪れるとは想像もしなかった、安らかな日々だ。
「おれ、ちょっとはしたないかな……」
コンシェルジュのいるエントランスからエレベーターに乗り、玄関で靴とコートを脱ぐと、洗面所へ向かいながら、雫が呟く。一緒になる前は不安が先行するばかりで、ひとりではたどり着けなかった場所だ。互いに受け入れ合うから、今は楽に息ができる。貪欲すぎる自分を認めることも、オメガの自分を知ることも、少しずつだが、できるようになってきた。
「そこがいいんだろ」
「久遠の言うとおりです、雫」
言葉にした想いに、応えてくれるふたりが眩しいほどに愛しい。
「来年には四人になるから、きっと忙しくなるね」
新たな命の誕生を雫が零すと、久遠が雫の肩を抱いた。
「父はああ言うが、僕は、きみが元気な子を産んでくれれば、それでいい。雫」
「雫の子なら、きっといい子に育ちます」
離乳食のつくり方なら任せてください、と気の早いことを言い出す七月に、雫と久遠は同時に微笑んだ。
「おれを育てたプロが言うんだから、間違いないね」
とんだ奇抜で怖いものなしの選択。世間はそう騒ぐが、こうして未来の約束をする瞬間が、甘く心地よいから、雫は誤解されることに、少し寛容でいられるようになった。絆の繋がったふたりのアルファとともに踏み出す一歩を、大切に育ててゆくと、決めている。
「今年は、ホワイトクリスマスになるかな?」
洗面所で手を洗いながら話を振ると、久遠が七月にタオルを渡しながら、応じる。
「サンタさんにお願いしないとね」
「靴下とツリーを用意しましょう。初めての三人でのクリスマスですから、念入りに、盛大に」
世話焼きぶりを発揮した七月からタオルを受け取った雫は、洗浄した手を拭う。
「願いごとは、もう決まっているんだ」
左右にいた久遠と七月が、楽しげに振り向く。
「へえ?」
「伺っても?」
雫は照れて、ふたりの間をすり抜けると、愛の言葉を紡ぎながら、キッチンへと向かった。
=終=
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