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第40話 授かりしもの(2/3)

「ありがとうございます。久遠と七月が甘やかすので、今だけだと思って楽をさせてもらっています。お義父さまも、お変わりなく」  恒彦の態度が軟化しつつある原因は、おそらく雫の懐妊に端を発するのだろうが、屈託なく笑う雫に、時々、どういう表情をすべきか迷う顔になる。照れているのだろう、と雫は勝手に解釈していた。息子である久遠にすら、ちゃんと愛情を表現してこなかった、不器用なところのある人だ。だが、恒彦の変容を、雫だけでなく、久遠も七月も、嬉しく思っていた。 「きみらにきてもらったのは、他でもない。これを渡すためだ」  恒彦の横に控えていたスタッフが、黒の天鵞絨製の、筆箱ぐらいの大きさのジュエリーケースを雫らの前に置く。 「開けてみなさい」 「はい……」  緊張しながら雫が代表として手を伸ばし、中にある宝飾品を見て驚いた。 「これ……っ」  反射的に顔を上げた雫だが、上手く言葉が出てこない。そのままぐずぐずしていると、恒彦はしてやったりと満足げな笑みを浮かべた。 「久遠のたっての頼みでな。三対、つくらせた。白金で、中石に天然ダイヤをあしらった特注品だ。裏にはきみら三名の名前を刻み、位置情報が発信できるチップを搭載できるようになっている」 「いいのですか……?」  位置情報は些か物騒だったが、周囲を取り巻く環境を考えれば、対策をしすぎるに越したことはない。 「いつまでも指輪が揃わないのでは、様にならないからな。これからは、マスコミ対応を含め、公の場ではこれを武器にしなさい。……久遠、お前が嵌めてやりなさい」 「はい」  久遠が雫に、雫が久遠と七月の左手の薬指に、それぞれ指輪を嵌める。恒彦は満足そうに膝の上で指を組み、三人を順に眺めた。 「ありがとうございます、お父さん」  久遠が緊張ぎみの声で礼を述べると、恒彦は横を向き、憎まれ口を叩いた。 「頼まれたからな。たまたま友人から、この店を紹介された時に、思い出しただけだ。私も焼きが回ったものだ。きみらを追認するとは何事かと、未だに周囲からは正気を疑われる」 「お父さん、そんな言い方……っ」  咎める久遠に、恒彦は肩を竦めるだけだ。だが、嫡子である久遠の立場を守ろうと尽力していることは、ちゃん伝わる。この親子は、それなりの速度で歩み寄っているのかもしれない、と雫は七月と目を合わせると、ちょっと嬉しくなった。 「勘違いをするな。アルファかどうかは、腹の中の子が十四歳を迎えるまで、わからない。それまで大事に育てることだ。老婆心ながら忠告するが、ひとり生まれても、次をつくることを勧める。選択肢と可能性は多い方がいい。我が西園寺家の未来を託せる、丈夫な子どもを期待する」 「が、がんばりますっ」  雫が緊張して答えると、恒彦の口角が少し上がった気がした。 「話はそれだけだ。私は約束があるので、先に失礼する。……それと——」  立ち上がり、歩き出した恒彦は振り返らなかったが、扉の前でふと思い出したように立ち止まった。 「良い未来を見せてくれ。我々の代では成し得なかった道を、切り拓くのだから」  ともすれば聞き逃しそうな言葉に、雫の胸は疼いた。たとえ恒彦の声が素っ気ないものでも、柔らかな物言いからは本質が透けて見える。 「はい……っ」  今は返事を返すことしかできないが、願わくば、いつかもっと距離を縮められたら、と密かに思った。 「……あれでも喜んでいるのだろう、我らが父ぎみは」  恒彦の背中が去るのを見届けた久遠が、ため息とともに零す。 「いいんだ。ちゃんとわかってる。おれも、七月も」 「雫の言うとおりです。……私たちも、そろそろお暇いたしましょう」  駐車場から出た車を走らせると、夜の街の光が賑やかに明滅していた。隣りに座る久遠の左手を、雫はそっと引き寄せ、膝の上で握る。薬指にある指輪の存在に、静かなときめきを抱く。久遠と七月、ふたりのアルファと生きる道は、進路を定めても、未だに模索状態で、婚姻後も様々な困難を含む、たくさんのことが起きている。そのたびに、三人で乗り越えてきたことが、少し感慨深い。  結論が出るまで話し合い、その果てにある今が、愛おしい。  この気持ちを共有できる人がふたりもいるなんて、幸せだった。 「……お腹が空いたな」  即物的な口を利く雫に、七月が気を利かせる。 「帰ったら何か、つくりましょうか? それとも」 「晩ご飯の担当は僕だから、リクエストがあれば受け付けるよ」 「じゃ、この間つくってくれた、ハンバーグが食べたい」  久遠と七月に甘える形で雫が主張すると、こめかみにひとつ、久遠にキスを落とされた。

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