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第20話

 でもそれは、勘違いだったかもしれない。  そのあと、身体が真っ二つに割かれるような痛みが全身を襲い、がくがくと強く震えが止まらなくなる。 「きっつ…」  彼が低く呻くが、遠慮なしに腰を進めてくる。太くて熱いそれが僕の中にどんどん侵入してくる。  苦しい。痛い。苦しい。助けて。何度も心の中で叫ぶが、誰も助けになんか来てくれない。  震える僕を他所に、彼が抽挿を始める。動きに合わせて、ベッドが嫌な音が立てる。ぬる、と入口付近がすると、ぴりり、と鋭い痛みがある。切れてしまったのだろうか。そこを、こうやって使うのは、初めて彼とつながった、あの日以来だった。  入っては出ていくを繰り返される。排泄にも似た感覚と、鋭い痛みが色々な場所からあって、鳥肌が止まらない。抑えられた口もとが苦しい。息が出来ない。だんだん頭がぼんやりとしてくるのに、身体はきつく固まっていく。  それに気づいたのは、一度腰を止めて、彼が僕の顔を覗き込んだ。口元を外されるが、うまく呼吸が出来ない。何か、彼が言っているが、聞き取れない。  苦しい、苦しい。助けて。  息ができない…死んじゃうのかな、僕…  視界が白んでいくほど苦しかったのに、しばらくすると、次第に身体の力が抜けていく。何か、温かい大きなものに包まれて、背中を何度も優しく撫でられる。頬やこめかみに、慰めるように柔らかいものが吸い付いてくる。 「聖…」  低い、彼の声で名前を囁かれる。今の、彼の声だ。大切なもののように、愛おしそうに名前を呼ばれた。  すると、ゆったりと、呼吸が戻ってくるのがわかると、大きく咳き込んだ。ぜえぜえ、と呼吸を整えている間、ずっと彼は僕を見つめて、顔にかかった前髪を撫でつけたり、頬を手のひらで包んで目元の涙を拭ったりしてくれた。いつの間にか解かれた腕は彼の首に回されていた。ぼんやりとする頭で、さく…?とつぶやくと、彼が意識を取り戻したように、僕を乱暴にうつぶせに直した。すぐさま、後ろから彼の楔を突き立てられる。 「ぁああっ」  ずどん、と打たれた痛みに思わず声が出てしまう。びりびりと、身体に痛みの信号が流れる。後ろから、熱い身体が覆いかぶさってくる。振り向こうとすると、頭を押さえられて動けなくなってしまう。僕のうなじや背中を見て、彼が奥歯を強く噛み締めていることには気づけなかった。 「ひ、ああっ」  そして、がぶり、と項に噛みつかれて、僕は驚いて暴れてしまう。それを拘束するように、後ろから羽交い絞めに抱き起された。大した痛みはなかったが、彼は項に何度も執拗に吸い付いた。その度に、ぴり、と痛みが走る。しかし、また始まった抽挿にその痛みは気になるものではなくなってしまった。 「あっ、あっ、やぁ、あっ」  とん、とん、と入るところまで彼のそれが侵入してくる。  なんでこんなことされているんだろう。  怖い。痛い。  なんで。  教えて、さく。  僕がいけなかったの。何がだめだったの。  教えて。謝るから。  気づくと、ぐずぐずと僕は泣いていた。嗚咽が止まらなくなっていて、身体は震えている。 「お前が、悪いんだ」  唸るように呟く彼の言葉に、心がまた崩れていくのがわかる。  どうして。  何が悪いの。  約束を破って、嘘をついたこと?  それとも、ベータだったこと?  考えれば考えるほど、どうしようもなくて、つらくて涙が溢れる。  どれだって、叶うなら、したくなかった。  嘘だって、さくの迷惑になりたくなかったから。前を向いて、頑張るさくの足枷になりたくなかったから。だから、どんなにつらくても、笑顔を張り付けて、大丈夫だと言うしかなかった。本当は、泣いて縋りたかったよ。  本当だったら、オメガでありたかったよ。  だって、さくと一生のつながりを持てるのだから。  さくと、本当の番になりたかった。  でも、いくら望んでも、過去も自分のバース性も変えることは出来ない。  だから、彼のいない道を選んだはずだった。 「あっ、や、ああ、あっ、っんぅ、っ」  逞しい彼の楔が僕のナカを荒々しく突きあげる。ぐちゃぐちゃと粘着質な音が後ろから聞こえて、何もわからなくなってくる。どうして、ベータの僕の身体は、簡単に彼を受け入れているのだろうか。もちろん最初は痛みもあったし、おそらく裂けてしまったであろう痛みもある。それなのに、ナカは突かれる度に、きゅうきゅう、と抜き去っていく彼を惜しむように収縮し、また帰ってくると歓喜したように痙攣する。どんどん下腹部に熱がたまっていく。  どうして。  どうして、どうして。  疑問ばかりが僕の心に募っていき、彼の言葉で、硬くなった心は、ばらばらと簡単に壊されていく。 「そろそろ、出してやるから」 「えっ、あっ、やっ、いやぁっ」  さらに腰の速度があがり、視線を下げるといつの間にか硬さを持った僕の性器が頼りなくぴょこぴょこと揺れている。それが何とも浅ましく見えて、情けなくて涙がまたこぼれた。  彼がわからない。  でも、もっと自分の気持ちも身体もわからない。  大好きな彼に、無理矢理抱かれているこの現実もわからない。  どうして、こうなってしまったの。  心の中でたくさんの疑問を投げかけるが、誰も答えてはくれない。その虚しさに、息がつまる。  強く腰が打たれ、きつく抱きしめられると、ナカにびゅうびゅうと熱い何かが送り込まれてくるのがわかった。 「あ…あぁ…っ」  なぜか、その熱に満たされていくことに、身体は多幸感を得ている。脳がじんわりと痺れて、視界もぼやけていく。  彼が拘束していた腕を解くと、糸が切れたマリオネットのように、ベッドに倒れ込んだ。ぴく、ぴく、と細かく震えながら、僕は何も言えなかった。ただただ、涙を流して、しゃくりあげることしかできなかった。 「ぅ、く…っ、ぅ…」  これは、夢なのだろうか。  大切な、初めての友達に、性的なことを強要させてしまった。  そしたら、今度は、忘れられない思い人に、犯されてしまった。  夢であったら、どんなに良かっただろう。  後ろから零れる精液の熱さも、あさましく収縮する僕の腹の中も、すべてが現実だと僕にたたきつけてくる。  どうしてこうなってしまったの。  僕はただ、誰にも迷惑をかけないように、ひっそりと図書室で過ごしていただけなのに。  どんなに人恋しくても、一人孤独に過ごしてきたのに。  なぜ。  目元を覆って泣きじゃくる。 「ぅあ、あっ」  丸まっていた身体を掴まれて、うつぶせに寝かせられる。掴まれた腰に、また熱い肉棒が押し込まれてくる。 「も、や、やだ、やだぁ…っ」  後ろから重い身体にのしかかられて、身動きがとれなくなる。ぐ、ぐ、とすぐに硬度を増したそれが、僕の内臓を押し上げるように侵入してくる。 「ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい…っごめ…」  嗚咽のながらに、とにかく謝る。  きっと僕が悪いのだ。  頭が悪くて、自己中でわがままな僕が、彼に迷惑をかけたから、彼は怒っているし、呆れているし、見捨てたのだ。  だから、謝るしかない。  これは、僕への仕返しだ。悪いことをした僕への。  泣きじゃくりながら謝ると、彼の動きが止まっていた。ぎゅ、と背後から抱きしめられる。記憶の中よりも、遥かに重く熱い身体。背中越しに、しっとりと汗ばんだ胸板の硬さを感じる。  肩口を慰めるように、優しく唇が押し当てられた。振り返ると、彼も顔を起していて、すぐそこに端正な彼の顔があった。名前を呼ぼうと口を開けるが、また怒られてしまうかもしれない、と思うと、視線をそらして口をつぐんだ。月明かりが陰った、と思ったら、彼の顔が目の前に迫っていて、唇が触れ合った。じっとりと触れて、離れていったが、瞳が合うと、またそれは吸い付いてくる。  ほろ、と涙が頬を滑る。  さく…  あの時に、戻れた気がした。  図書室でこっそりと交わしたあの時。彼の部屋で、宿題中に戯れのように合わせたあの時。僕の部屋で無我夢中で味わったあの時。  とにかく、しあわせだった。  聖、かわいい。大好き。ずっと俺だけのお姫様。  そう微笑みながら、彼の瞳がまっすぐ僕だけを映していた。 「あ、ぅ…ん…」  顎を引いていると、淡くその顎先に噛みつかれる。ふる、と身体が甘く痺れる。目線が合うと、彼の瞳は何を訴えようとしている。揺れる瞳からは、何も受け取ることができなかった。自信がない。彼のことが、わからない。  名前を呼びたいけど、呼べなくて、唇を噛んで我慢する。 「噛むな…」  柔く囁かれて、下唇を軽く吸われる。その仕草に、優しさを感じてしまって、勘違いしそうになる。 「ん…あ…、んぅ…」  吸い付かれて、吐息をもらすと、厚い舌が入ってくる。僕の舌を見つけると、ゆったりと舐めつくす。舌裏の柔らかい部分を丹念に舐められて、食べつくされてしまうようなキスに、腰が震えて熱がたまっていく。きゅう、と後ろに意識がいくと、鼻から声が漏れる。それを気をよくしたのか、舌をちゅ、ちゅと吸われて、大きな舌が頬裏や顎裏をくすぐる。唾液をすする音に脳が揺さぶれる。ぴく、ぴくん、と腰が勝手に揺らめくように反応してしまう。 「っ、ぁ…」  は、と息を吐くと、銀色の糸が僕らをつなぐ。か細く揺れる睫毛を持ち上げると、瞳を見つける前に、彼が肩口にもう一度吸い付いた。ゆったりと、彼の腰が動いて、ナカをくすぐる。 「んんっ…」  りゅりゅ、と太いそれが抜かれると、ナカが寂しいとでもいうように、ひくひくと疼く。そして、ゆっくりと戻って、みっしり埋めてくれると、喜んでいるかのように、背中がぞくぞくと耽美な電流があがってくる。その間に、背中に口づけが落ちてきたり、時に軽く犬歯を立てられるとたまらなくて、声が漏れてしまう。 「んあっ…あ、っ…んう…あっ!」  その時、ごり、とナカで何かが引っかかって、びりびりと指先が痺れる。ぎゅう、とナカを絞ってしまう。 「ここか」  かすれた彼の声が聞こえると、振り返りたいのに、耳裏を吸われて動けなくなる。その瞬間、むわ、と彼の強い花蜜のような甘い匂いがむせ返りそうなほど匂い立った。その匂いに、身体の奥がじわ、とにじむ感覚があった。 「や、あ、そこ、だめ、ぇ…んうっ」  彼の逞しい亀頭が、そのしこりをつぶすように押し込んだり、柔く撫でるように触れられたりを繰り返される。甘い腰つきに、次第に声も高くなる。 「あ、あんっ、ぅ…それ、や、やだ…あっ、んん…」  僕を抱きしめる手に、手を添える。ごつごつと骨っぽい男らしい手にすら、きゅん、と腹の奥が絞られるのに、彼は僕の手を捕まえて、指を絡めて強く握ってくる。ますます身体の奥が切なく震える。 「んぅ、う、あ…あ、あ…っ」  緩く腰が合わさるのに、一度出された白濁がかき混ぜられて、ぐちゃぐちゃ、と粘着質ないやらしい音で、そのギャップに鼓膜が犯され、何も考えられなくなる。 「ぅう…ん、ぁ…さくぅ…」  甘美に犯される頭は何も考えられず、名前を呼んでしまう。その瞬間に、腰が止まり、むく、と質量を増したことに気づく前に、強く腰を打たれてしまった。それが、僕は怒られたように感じて、下唇を噛んで言葉にしないようにする。 「こら…」 「ん、あ…だっ、てぇ…あ、んぅ…」  僕の身体の下を回った手が顎を掴み、下唇を撫でる。そして、太い親指が差し込まれる。とちゅ、とちゅ、と腰が僕をじわじわと追い立てていく。  もっと…。  反った腰が細かく震え、勝手に動いてしまう。それを誤魔化すように、唇で彼の指にちゅうちゅう吸い付く。後ろで彼が息をつめて、しばらくしてから、震える甘い吐息を長く吐く。それが耳をかすめて、じりつく熱が高まる。 「あっ、ぅん…さ、く…」  恋しくて、その指に舌を這わす。吸い付き、溢れる唾液を絡めて舐める。そして、勝手に僕の腰は速度を上げていく。それを追うように、彼が僕の奥に入れて、腰を回す。熱い亀頭が壁を撫でる感覚に、爪先がぴん、と伸びて、声がもれる。 「やああっ、あ、それ、だ、めえ…っ」  びくん、びくん、と素直に反応する身体を、また強く抱き込んで項にキスが降ってくる。それすらも快感で、身体の熱が発散口を見つけられずに暴発しそうになる。きゅう、と指に力が入ると、彼も握ってくれる。  それが、彼からの愛のように感じて、すぐにそんな訳ないか、と思い直して、鼻の奥がつん、となる。しかし、それを見透かしてか、彼が、慰めるように今入る一番奥を撫でる。 「あ、あっ…ん、やぁ…」  その強い快感に仰け反ると、強く抱き直されて、腰のリズムがあがってくる。上から、重力にそって、ずん、ずん、と逞しい腰とそれが付いてくる。ふかふかの、彼の甘いいい匂いが沁みついた布団に押し付けられて、逃げ場がない。身体の下で押しつぶされている僕の分身が、シーツをどんどん濡らしているのがわかる。 「や、あっ、あ、ん、ぅっ、あんっ」  尖って熟れた乳首を、彼の指が優しく撫でた。びりびり、と強い電流が頭から背中を通って、性器に溜まっていくのを感じた。ぎゅう、と後ろで彼を締め付ける。すると、何度も、その先端を彼が優しく撫でる。最初が嘘のような甘い扱いに、僕はうっとりと夢中になっていく。 「あ、だめ、や、でちゃ、でちゃ、う、い、いく、いっ、うっ」  今日覚えた言葉で、限界の近さを訴える。すると、その言葉遣いに彼が不穏な空気をまとったことに僕は快感に夢中で気づかなかった。次の瞬間、爪先で強く削るように乳首をひっかかれて、痛みが快感となり僕を支配して、思いっきり吐精した。きゅうう…、と切なく彼を締め付け、悦楽の波がさざ波に収まっていく心地よさにぼんやりと布団に倒れこもうとするが、彼が僕を後ろからがっちりと抱きしめて、ずん、と質量を持った彼の肉棒が僕を攻め立てる。 「あ、だめっ、いま、だめ、あ、ああっ」  激しいピストンが敏感な身体を追い込んでいく。だめえ、と何度も喘ぐのに、彼の腰は、しこりを叩き、奥を撫でる。全身がずっと震え、快感がずっと溜まっていく。 「聖…っ」  ぎゅう、と強く抱き込まれた時、彼が僕の奥に精を放つ。その心地よさに、また僕はふるふると白濁を溢れさせてしまう。かすれた低い彼の声で名前を呼ばれた気がして、振り返るが、すぐに唇を吸い付かれてしまって、表情を読むことは出来なかった。しばらく唇を味わうように吸いつくされると、また腰が動き出す。 「も、むり…あ、あ…んぅ、さ、くう、さくっ」  足を抱き起されて正面を向かうと、腕を誘導されるがままに彼の首に抱き着いて、唇を合わせ続けた。

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