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第21話

 次に目を覚ました時には、穏やかな日差しが僕に降り注いでいた。  ここ、どこだっけ…  僕、昨日、どうしたんだっけ…  ぼんやりと気怠い頭をゆっくりと瞬きをしながら動かす。だんだんと意識が起き上がってきて、昨日のことを思い出す。  いつものように、夢を見て、そして、その火照った身体を柊が慰めてくれた。そして、帰ろうと飛び出したところを、彼に捕まって、明け方まで何度も何度も…。  勢いよく身体を起すと、色々な箇所が鈍く、場所によっては鋭く痛み、蹲ってしまう。何時間も挿入されていた後ろは、今でも何か入っているような感覚がある。股関節はぎしりと痛み、足を動かす度に昨晩の激しい行為を思い起こされるようだ。  ぎゅう、と身体を抱きしめて、熱が起こされないように耐える。しばらくして、ようやく周りを気にする余裕が生まれる。今朝まで彼と睦ぎあっていたベッドに、一人で寝ていた。身体はきれいにされており、シルク地の肌心地の良いパジャマが着せられてあった。大きな窓ガラスからは、久しぶりの太陽に緑が喜んでいるように風にそよいでいる。  言うことの聞かない身体を、ベッドからおそるおそる出してみる。足を降ろし、体重を乗せて踏ん張ったが、膝に力が入らずに、その場に、どたん、と尻もちをついてしまう。じん、とひどく打たれた尻たぶの痛みを思い出してしまい、勝手に頬が紅潮していく。それと同時に、なぜ、自分がここにいて、もう六年も口をきいていない彼と身体を重ねてしまったのか、と昨夜もずっと抱えていた疑問が、ふつふつと湧き上がる。  がちゃりと音がして、振り返ると彼がこちらを見下ろしていた。 「何をしている」  冷たい目で睨まれれば、体温が急激に下がり、口の中が乾いていく。口を開くが、声にはならず、開閉するのみだった。それに舌打ちをした彼は、僕の腕を強い力でつかみ、乱暴にベッドに放り投げた。痛む場所がどこかも認識する前に、僕の腹の上に彼が大きな身体で跨る。そして、ゆるく着こなしていた制服のネクタイをしゅるりと解いた。 「お前はここにいればいいんだ」 「…っ」  長い指先は器用に僕の両手をネクタイで拘束した。怖い。また、ひどいことをされる。 「いやっ」  つ、と冷たい汗がこめかみを伝い、拘束された両手で、覆いかぶさってきた彼の胸板を押した。 「やだっ、やめてっ」  腕は簡単に頭上でまとめられてしまい、痛む箇所を無視して、両足をばたつかせて、彼をどかそうと必死にもがく。舌打ちをした彼は、剣呑とした目で僕を見下ろしていたが、恐怖で首を振っていて僕には何もわからなかった。 「そんなに俺が怖いか」  彼が自嘲気味に、ふ、と笑ったが、ただただ痛みへの恐怖で身体は暴れていた。嫌だ嫌だと繰り返し唱えて、拘束が解かれるように、覆いかぶさる重みがいなくなるようにただ暴れる。しかし、細っこい僕が暴れたところでたかが知れていて、分厚い身体の彼はびくともしない。コバエでも追い払うように煩わしそうにしている。  ぱんっ。  乾いた音と衝撃に目を見開く。動かしていた身体も驚いて止まる。じりじりと頬が熱くなってくるのと、顔を動かすと彼が平手を上げていて、僕は殴られたんだとわかった。 「お前が誰のものか身体に教えてやるよ」  彼に殴られた。  大好きだった彼に、殴られた。  そのショックで僕は何もできなかった。  身体をうつぶせにひっくり返され、ズボンを下着ごと脱がされる。自分の指を舐め、ずにゅりと後孔に差し込まれる。今朝がたまで散々嬲られていたそこは、簡単に挿入を許してしまった。 「柔らかいな」  淫乱。  そう耳元で囁かれて、彼を視界に入れる。怖い。瞼は瞬きを忘れて、ばらばらと涙が止まらない。息をも絶え絶えに、色のなくなった唇でなんとか呼吸をする。身体の震えが止まらず、体温も感じられない。 「ゃ、めて…」  蚊の鳴く声で、精いっぱいのつぶやきを唱える。それは、彼に届いていたかわからない。  ほぐされたかどうかもわからないそこに、彼の熱量が当てられる。首を横に振る。彼は、僕を見てから、腰を推し進めた。 「あっ、うう…っ、やぁ…」  僕の意思とは反対に、そこは簡単に彼を飲み込んでいく。大きすぎる彼のそれを、嬉しそうにナカで収縮して締め付けている。彼に揺さぶられながら、両手をぎゅうと握り合わせた。爪先が真っ白になるほどに。  なぜ。  ぎ、ぎ、と耳障りなベッドの悲鳴を聞きながら、また僕は疑問を心の中で何度も唱える。  なんで、ひどいことされてるのは、僕なのに。  あなたが、傷ついた顔をするの。  眉間に皺を寄せて、今にも泣きだしそうに顔をぐしゃりと歪めて、彼は僕を穿った。優しく頭を撫でられて、襟足をくすぐられる。項がさらされると、そこに熱い唇がゆったりと吸い付いて、舐め、痕をつけていく。その優しい仕草に、勘違いしそうになる。  やめて。やめてよ。  僕のこと、嫌いなんでしょ。 「お前は、一生、俺のものだ」  それなのに、そんなこと言わないでよ。  苦しそうに言わないでよ。  律動が激しさを増すのに、彼はどんどん苦し気になっていく。僕の涙も止まることを知らないようだった。  悲しい。  心が、どんどん置いていかれている。そんな気がした。 「この部屋は自由に使え」  事後にはっきりしない意識の中で、彼が僕に背を向けながらそう言い放ち、部屋を出ていった。気づけば、すっかり日は沈み、代わりに月明かりが裸で横たわる僕を照らしていた。  もうどうなったっていいという投げやりな気持ちと、何とかしなければならないという焦燥にかられる気持ちとが自分の中でせめぎ合う。しかし、どうしたらいいのか、僕の小さな脳みそではわからなかった。  いくらひどいことをされても、拘束され自由を奪われても、僕は、彼の一挙一動に期待してしまっているのだ。  まだ、僕を好きだと言ってくれるのかもしれない。と。  切れていたものは、何がどうしてこうなったのかはわからないけれど、まだ繋がっていた。  彼が怖い。それも本当の気持ち。しかし、そんな彼でも、と期待しているのも本当の気持ちだった。自分の気持ちも、あまりにも急な環境の変化に追いつけないでいた。  叩かれた頬は、軽かったのだろう、今は痛みはない。口の中も切れていないし、頬に手を宛がっても熱もない。それでも、初めて、彼に手を挙げられて、ショックだった。思い出したら、涙が溢れる。記憶の中で、優しく頬を覆ってくれた彼の手が、僕を叩いたのだ。どうして。  それだけ、僕は彼に嫌われてしまったのだ。  その事実をありありと感じさせられる出来事で、息が詰まる。  苦しいよ。 「助けて…」  そうつぶやいて、心の中に浮かんだのは、あの時の、大きなつつじに囲まれて笑う、咲弥だった。

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