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社員旅行編 16 恋なんて盲目なものなんだ。

 あぁ、もう、恐ろしい。  恋は盲目とはまさに。  分別つかないほど飲んだわけでもないのに、興奮って強い酒以上に怖いものだと知った。  興奮して我慢も制止もできずに、あれをあそこでした自分がとても恐ろしい。  社員旅行中なのに。  宴会の最中だったのに。  社員旅行が退屈だと、浴衣姿の自撮りを裏垢にあげる以上に怖いことだぞ。  本当に。 「はーい! みなさーん、帰りますよー! バス! 乗りますよー!」  恐ろしい。 「久喜課長、その荷物、持つっす」  本当に恐ろしい。 「……大丈夫だ」  ものすごい嬉しそうな顔してるなよ。というか、元気だな。そして分かりやすいくらいにご機嫌だな。 「いえ。俺、持つんで」 「あぁ! 昨日筋肉褒められたからってぇ!」  満面の笑みの理由を昨日、若手女性社員にモテて大変だったせいだと勘違いしている幸せな村木が元彰に飛びついた。ビクともせずに、不敵に笑う元彰は、大丈夫って言ったのに俺の荷物も、そしてなぜか村木の荷物も持って颯爽と歩いていく。  なぁなぁ、宴会途中からどこに行ってたんだよぅ、と懐く村木を笑顔で無視して。  探されて……た?  そう思うと余計に恐ろしい。  本当にこんなことはもう絶対にしないようにと自分の気持ちを律して、胸の内でだけ自分自身に往復ビンタを百回――。 「彼」 「!」  しようとしたところだった。 「ぁ……課長」  音もなくいつの間にか隣にいたのは品管課長だった。 「あと半年で本社研修終わりだよね?」 「……ぇ、えぇ」  そう、終わりだ。 「……そうですね」  そしたら向こうに帰って、また遠距離で。来年の社員旅行には……。 「その後、うちの品管で預かるから」  呼べない、か。今回、向こうの社員のみんなを呼んでないし。だから、あっという間だろう半年でたくさん元彰との時間を感じておかないと。  だから、本当に盲目になるくらい元彰のことを見つめて――。 「え?」  にっこりと品管課長が笑った。 「………………えぇっ?」  今、なんて。 「もう部長には話してあるから」 「やっ、あの」 「向こうの工場は品管も品証も全部一緒らしいね」  そう、だけど。 「彼がそう言ってたんだ。だから品管の仕事も覚えないといけないって」 「あ、あのっ」 「とても優秀な人材だからね。大事に育てないと」 「あのっ」 「ね? 久喜くん」 「!」  頭のいい人、なんだ。勘が良くて、常に脳内がフルスペックで動作してる感じの人、なんだ。  何考えてるのかわかりにくいところがあって。  それで――。 「僕は、探してはいないよ」 「!」  心臓止まった、ぞ。  今、本当に。 「あと」  意識飛びそうだ。 「君が長期出張前とは少し違っている。品質保証課の雰囲気柔らかくなって、僕はとても良いと思うよ」  きっと寿命なら一年は縮んだ気がする。 「何事も会社にとって、仕事にとって有益なら僕は大歓迎なんだ」  そこで再び課長がにっこりと微笑んだ。 「あ、そうだ」  飛び上がるように身構えてしまったら課長がくすくすっと笑ってる。 「枝島くんに言っておいて」  な、何を。 「僕の恋愛対象」 「!」 「この仕事って」  ほ、本当に。 「それじゃあね」  恐ろしい。 「あ、あの……大丈夫ですか? よろけて……」 「あ……」  別によろけたのは転びそうだったからじゃなくて。何を外注監査の時に話したんだよ、元彰って思って勝手にふらついただけで。派遣の彼が、今、課長の不適な笑みに縮み上がって目眩がした俺を心配して手を伸ばそうと。 「俺が支えるんで大丈夫っす」  けれどその手は阻まれた。 「っす」  あぁ、もう。 「行きますよ。バス、俺ら品証がビリっすよ」  恐ろしい。 「バス乗り遅れてもいいっすけど。二人で帰れるし」 「お前なぁ……」 「楽しかったっす。社員旅行」  爽やかに微笑んで。そんな枝島の黒髪をすぐそこの山間を駆け抜けてきたんだろう爽やかな風が揺らした。まるで少年のように笑って、子どもが手を離しながらないお気に入りの宝物をしまうように俺を大事にしてる。この無邪気で無口で、けれど思っていること全部が伝わってくるこの恋人に、やっぱり俺は夢中で。 「また来たいっす」 「あのなぁ、お前、品管課長に何言ったんだ」 「?」 「恋愛対象、仕事だそうだ」  じっと俺を見つめて、それからプイッと視線を前に逸らした。小さく「別に、なんもっす」とだけ答えて。けれどその口元は満足そうに笑ってる。 「次、来年は社員旅行、行っても完全別行動だからな」 「えっ!」 「枝島は品質管理課研修なんだから、そっち。俺は品質保証課課長なんだから、こっち」 「!」 「わかったなっ」  今度は不服そうに口をへの字に曲げた。 「そして」  わかりやすすぎる話下手なその口元に笑ってしまう。 「一緒に行動するのは次、プライベート旅行だな」 「!」  こっそりとそう呟いたら、ほら、もう。 「っす」  世界で一番嬉しそうにその口元が微笑むんだ。  本当。 「ったく、もう昨日はホント……」 「けど、すげぇ盛り上がってましたよね」 「あっ! あれはだなぁ」 「あー! 昨日の宴会盛り上がりましたよねぇ。若手一致団結っすよ!」 「村木、口調が枝島に似てきてる」 「っすぅぅ!」 「……全然似てない」 「っすぅぅ!」  恋は盲目だ。 「明日から仕事頑張るっすぅぅ!」 「っす」 「いいコンビだな」

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