113 / 113

二人で留守番編 9 野菜炒め、食べよっか。

 いつだって恋人時間は短くて。  こんなふうに二人でお風呂に入るなんてできないし。恋人として触れ合える時間なんてとても少し。  今日、二回目のお風呂に今度は湯を溜めた浴槽の中で睦月に背中を預けるように寄りかかりながら、他愛のないおしゃべりをすることも普段はできない。 「えぇ? そんなに心配性じゃないってば」 「心配性でしょ。リュック買う時の千佳志のソワソワ感、まるで海外武者修行に一人で行かせるくらいだった」 「そんなに?」  自由な時間も少なくて。  例えば、会社を休むのだって、そう。有給休暇はできるだけ使わないんだ。学校の行事ごとに使うこともあるし、それに伊都が急に風邪とかで看病のために休まないといけなくなることがあるから。だから、恋人とのデートのために休みを使うなんてこともできない。旅行も伊都が学校休みの時になるから、土日の方がレッスンをびっしりスケージュールされてる睦月は休みにくくて。  ままならない。  そんなことのほうがたくさんある。  些細なことだけれど、それが不満になることだってあるはず。 「でも、心配性な千佳志は可愛かった」  俺とじゃなかったらないはずの些細な、色々。 「そうだ。そのアラビア料理のレストラン?」 「あ、うん」 「場所、どこだっけ」  俺が恋人だからできないことがたくさん。  デートも、触れ合うのも、夜の甘い時間も。 「伊都が帰ってきたら、サイト一緒に見てみよう」  でも、そうやって伊都のことを言ってくれる君を見てると、思うんだ。 「アラビア料理か……あんまり想像つかないな」 「地中海、の、ぽかった、かな」 「へぇ、地中海風野菜炒め……」 「っぷ、野菜炒めはないかと」 「好物なんだけど」  俺とだからできないこと、がたくさん。 「……睦月」 「?」 「……ありがと」  けれど、俺とだからできること、できたこと、もたくさんあるのかなって。 「好きだよ」  思うんだ。 「うーん……うちでもはんごう炊飯できたらいいのに」 「えぇ? いやです。めんどくさい」 「めんどくさくないよ。すっごい簡単だった。あとは焚き火を……」 「はいはい」  ミニ移動教室は盛大に無事に大成功となった。初日の登山、水泳をやっている伊都にとっては全然「ヨユーだったよ」だったそうで。てくてくてくてく、一番乗りで頂上に行きたかったくらいだと教えてくれた。もちろん到着するのはクラスごと、そして名前順だから一番乗りも一等も、無理なのだけれど。  今はついにやってきた夏休み。  伊都は学童へは行っていないから、玲緒君と遊んだり、クラスの友達と一日プールにいるらしい。室内プールで泳ぐ睦月と違って、まだ夏休みは始まったばかりのはずなのに、伊都はすでに小麦色の肌をしていた。 「今度、キャンプ行こうよ! お父さん!」 「そうだね……来年、かな」 「えぇ……来年まで待てない」  そして今はミニ移動教室の二日目、キャンプ場で自分たちで作ったカレーの美味しさに感銘を受けたらしく、カレーを作ってあげると、ほぼ毎日言われている。  今みたいに、毎日、キャンプ飯を作りたそうにキッチンを眺めてる。 「ほら、伊都、こっちで洗濯物畳むの手伝う」 「はーい」  睦月に言われて、ぴょんと飛び上がると、洗濯物の山の前、睦月の隣に座り、手際良く畳んでくれる。 「あ、そうだ。千佳志さん」 「?」 「この前話してたアラビアレストラン、すごかった。サイト見たけど」 「あ、ホント? すごいレストランだよね。海外みたいで」 「人気あるみたいだね。土日は予約がすぐに入るくらい」  へぇ、そうなんだ。でも確かに人気だろうな。自然もすごいたくさん残ってる川沿いに聳え立つレンガのお城のようだった。 「何? 睦月、お父さん、アラビア料理って」 「んー? 今度一緒に行きたいねって話してたんだ」 「アラビア料理……」 「伊都はあんまり?」 「んーん」  首を振ったけれど、どこか、不服そうというか、いつもどこでもなんでも寛容に受け入れて、楽しむ方な伊都にしては珍しく表情が曇り空の色をしていた。 「だって、アラビア風野菜炒めかぁって」  アラビア料理は好きじゃなさそう?  そう訊こうとしたけれど。思わず笑っちゃったよ。まさか、そこで睦月と同じことを言うなんてさ。まるで、そっくりだったから。 「ぷ、あははは。もう、二人して野菜炒め?」 「だって」  そこまでの腕前とは自分のこと、思えないけれど、でも。 「じゃあまた野菜炒めにしようか」 「やったー!」  伊都がぴょんって立ち上がった。  睦月はニコッと微笑んで。  この二人の大好物が俺の作る野菜炒めで、ずっとずっと楽しそうに、嬉しそうに、食べてくれるなら、なんて幸せなんだろう。  そう思いながら、立ち上がった。  今夜の野菜炒めの材料を買いに行こう。  普通の家庭でよく食べる野菜炒めに、どんなご馳走よりもはしゃいで嬉しそうにしてくれる家族のために、とびきり美味しい夕飯を作ろうと。 「さ、いこっか」 「鍵は? 千佳志さん」 「持ったよ」 「おとおおおおおあさああん! 睦月ー! 早くー!」  俺も、ぴょんって玄関を飛び出した。

ともだちにシェアしよう!