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楽しい花火大会 9 好きになる
ちょっと、盛り上がり……すぎちゃった、かな。
ベランダって、さすがに、さ。
ダメだよね。
あぁ、もう、でも、あれは睦月が悪いよ。浴衣がかっこ良すぎて反則だと思う。あんな浴衣姿見ちゃったら、ちょっとムラムラしちゃうでしょ。
うん。
そういうことにしよう。
浴衣が似合いすぎた睦月が悪い。
うんうん。
「あー、いや、だって、俺、別に……そういうの、まだいいよ」
なんて、色々、ベランダで洗濯物を干しながら、昨日のあれこれに赤面していたら、伊都がそのベランダの近くを通り過ぎた。
「うん。だから、俺は……」
玲緒くんと話してるのかな。昨日の花火のことを話していたっぽかった。
スマホを耳にあてる、って今の子、あんまりしないの? マイク付きのイヤホンで話をしながら、伊都が部屋の中をウロウロしている。
そっか、今日、これから水泳部は練習だっけ。
部活も水泳部、夜に中学生クラスで、睦月のスイミングスクールにも通ってる。
一日のうちで半分以上は水の中にいる気がする伊都。
「一緒に出かけるのは断ったよ」
どうやら一日のうち数時間、陸にあがる彼はデートというものが面倒臭いようだった。面倒臭い、のとはまたちょっと違う、のかな。日中、学校の部活で水泳して、いったん帰ってから、夕食を済ませて再びスイミングへ。そんな生活は面倒臭いなんて顔、ちっともしないから。
「うん、それじゃあ」
玲緒くんと思われるその電話を切ると、ふぅ、と小さく溜め息を吐いた。
「伊都、今日は練習とスクールだよね?」
「あ、うん」
大変なスケジュールだ。
「あ、お昼、外で食べてもいい?」
「いいけど……」
「玲緒と昼食べる。で、そのまま睦月んとこ行っちゃう」
「はーい」
玲緒くんとお昼ご飯は普通に楽しそうに話すんだけどなぁ。でも、やっぱりそこに女の子が入ると……なのかなぁ。
「忘れ物ない?」
「うん」
「ゴーグルは?」
「持った」
「タオル」
「持った」
やっぱり、俺と睦月のことが、なんか……。
靴を履くために玄関先に座り込んだ背中を眺めてた。大きくなった。ついこの間、小学生だった頃は小さかったのに、中学に入った途端に大きくなって。水泳をやってるってこともあるんだと思う。胸から肩、背中にかけてが、もう……。
「……ねぇ、お父さん」
「んー?」
「お父さんと睦月って、二人でいる時、話題って探す?」
「? どういうこと?」
「いや……なんていうか、話すこと、探したりする?」
「……しないけど」
わ。背、また高くなった?
靴を履き終えて立ち上がった伊都は、もしかしたら一日でも数ミリ伸びているの? ってくらいに、昨日よりも身長が伸びてる気がする。
寝る子は育つ、っていうけど。
昨日、夜九時過ぎ、十時近くにやっと帰ってきた伊都は、今朝、随分と遅くまで寝ていた。睦月は今日、朝からのレッスンだったから、伊都の寝顔を見てから仕事に向かったくらい。
――よく寝てたよ。行ってきます。
そう言って、ほっぺたに軽くキスして行っちゃった。
浴衣姿も、ジャージ姿も、全部かっこいい睦月はそのまま自転車に乗って颯爽と。
「そっか」
「?」
「なんでもない。それじゃあ、部活終わったら、玲緒と昼飯食べて、そのまま睦月んとこ行く」
「うん」
「行ってきます」
「はーい」
どんどん背、高くなるなぁ。
そして、どんどんうちにいる時間が少なくなるなぁ。
すごいよね。
「あ、洗濯物、途中だった」
伊都って、案外、抜けて、けっこう忘れ物が多いんだ。この間はタオルを忘れちゃって。夏だから、いっかって思ったのか、水着にジャージだけ着て帰ってきたことがあった。何してんの? って呆れたけど、暑かったらすぐに乾くと思って、だって。
そんな伊都が準備をしているのを追いかけるようにベランダから部屋に戻ってしまってた。
まだ干してる途中だったことを思い出して、外に――。
「おとおおおおさあああああん!」
!
「バスタオル、二枚持ってくの忘れたー!」
ちょ、伊都。ご近所、迷惑。
「……えぇ?」
ベランダから顔を出すと、恥ずかしげもなく、伊都がブンブンと手を振ってる。
「でも、睦月に借りるから大丈夫ー!」
元気に、子どもみたいに。
「行って来まあああす!」
そして、中学生になって買い直した新しい自転車に跨ると睦月のように風を切って走っていく。
「……行ってらっしゃい」
そう呟いてから、小さく笑った。
中学生なんだから、外であんなに大きな声で「おとうさん」なんてもう呼ばないんだろうなって思ったのに。
「さて、と」
洗濯物を干し終わったら、俺も、睦月のいるスイミングスクールに行こう。泳ぐわけじゃなくて、今度、大会に出るって言ってたから、その応援に。タイマーやってあげたりとかね。午前中はレッスンないから、コーチ陣が個人練習してたりする。コーチ陣の大会出場も企業としてサポートしてくれるらしくて。タイマー係とタオル係。あ、伊都、タオル忘れたって言ってたから、一枚多く持って行こう。
それから――。
「買い物もしなくちゃっ」
そうそう、育ち盛りの息子に、大会出場を控えてる大事な人のために、夏バテ防止のご飯を作らないと。今日は、俺は休みなので。
花火大会、楽しかった。
伊都の浴衣も、睦月の浴衣も。
それから、何よりこのあと控えてる睦月の大会出場もあるから。
「忙しい」
そう、この夏は忙しくなりそうだ。
「あ、麦茶も持って行こう」
夏は……好き、じゃなかった。
悲しい気持ちが、足を入れたらどこまでも底に触れることのない冷たい水底に沈んでいくような気持ちが、自分の隣に居座っているような気がして。
冷たくて、触れられた瞬間、身体の芯が震え上がるような絶望が、すぐ隣で、俺の肩を撫でてくるような気がして。
けれど――。
「すぐ乾くかな。あと、シーツも全部、洗っちゃおう」
少し、楽しみが増えたんだ。
夏の楽しみ。
浴衣に花火、プールのキラキラ輝く水面。
忙しくて、楽しくて。
隣に座ろとする悲しい気持ちと一緒に、じっくりその冷たい絶望に触れてる暇もないほど、あっちこっちへ忙しく。忙しく。
「あとは」
ふと見上げると、なんでもパリッと乾かしてあげましょうか? と言いたそうな入道雲がもくもくと青い空に立ち昇っていた。
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