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国王のプロファイリング

「王、困ります。私はあくまでも臨時に雇われている剣術指南役です。こうして貴方と頻繁に1対1でお話できる立場ではありません」 「ほほぅ……情報共有できないまま俺が死んでも構わんと。冷たいなぁ、スヴェンは」 「自分の命で脅迫しようとするな! 卑怯だぞ、セオドア!」 「くくっ……お前はそうでなくてはな、スヴェン」 ラスティル王セオドアはヴァニタスに似た容姿を意地悪く歪めた。 「お前はこの容姿が好きなんだろ? 俺を守り、レオノーラに仕え、次はその子供のヴァニタスに……」 「ヴァニタスを馬鹿にしたらいくらお前でも許さん。俺はアイツの父親代わりだ。お前を殺して即刻自害する」 「……冗談だ」 相変わらず、くっくと悪戯な笑みを浮かべたまま、セオドアは俺を見つめる。 「俺もレオノーラとヴァニタスには悪いことをしたと思っている。アッシュフィールド公爵がそこまでクズだったとはな。流石に反省している」 「反省の念が全く見受けられない言葉だな」 俺は溜め息を吐く。 セオドアは王子の頃から利発ではあったが人を見下すような傲慢な態度で敵も多かった。 発言自体は間違ってはいないのだが、とにかく言い方が悪い。 ラスティル国王となってからは流石に人前では言動を改めてはいるが、王宮に戻った俺に鬱憤をぶつけるかのような言動を繰り返す。 …………逆に言えば、それだけこの男に信頼されているということでもあるが。 「…………で、ヴァニタスの予言の英雄が現れたという話だが?」 アルビオンのことだ。 何度か剣を交えてきたが、あの少年は確かにただ者ではない。 剣の腕もさる事ながら、相手の剣筋を即座に見抜き、隙をつく事に長けている。 騎士のような正当な剣ではないが、確かに革命者の剣ではある。 「はい。アリスティア王国のアリスの一族の生き残りのようです」 「英雄はアリスティア王国の生き残り……か」 セオドアはしばし考え込むと、こう口にした。 「ならば、俺の命を奪うという魔物や魔王とやらの手の者は、既に各国の王宮に入り込んでいると見ていいな」 は? 今……何と? 「アリスティア王国の滅亡はデュームズ、ティアエラ両国の暴走だと踏んでいたが……未来の英雄を輩出する国だったのであれば、意図的であったと考えてもおかしくはない。そして背後には……」 「魔王が、いる……」 アリスティア王国の滅亡が魔王の手の者の暗躍による結果であれば、確かに既にこのラスティル王国にも紛れ込んでいてもおかしくはない。 「流石だな、セオドア」 「お前の愛のお蔭だ、スヴェン。お前が俺の面影を追ってアッシュフィールド家の執事になったから……くくっ、レオノーラには結局手を出さなかったのか。自害したということは、そういうことだな」 「俺はそういう邪な気持ちでアッシュフィールド家の執事になったわけではない」 確かに、全く無かったかといえば嘘になる。 セオドアはラスティルの国王になって、手の届かない存在となってしまった。 その悲しみや寂しさを紛らすために、セオドアの面影を追ってアッシュフィールド家の執事となったことは否定できない。 けれど誓ってレオノーラ姫には手を出してはいないし、ヴァニタスはあくまでも自分にとっては息子のような存在だ。 愛しているのは……。 「すぐそんな顔をするから虐めたくなるのだ、スヴェン。お前が堅物な男であることも、哀れな母子に手を出すはずがないことも俺が一番良く知っている」 こいつ。 国王じゃなかったら、顔が歪むくらいにボコボコにしているんだが……。 「……で、だ。俺は対処が後手に回るのは好きではない。此処まで把握していて、ただ襲われるのを待っているだけというのは、愚か者の所業だろう」 セオドアは悪戯を仕掛ける前の子供のように楽しそうに笑う。 「もう1人の英雄……ユスティート・ティアニーだったか?奴を養子にして、アレコレ叩き込んだ後、譲位して俺が姿を消せば、ラスティルに入り込んでいる魔王の手先はさぞや混乱するであろうな。ティアニー家の子息であれば、養子としても申し分ない」 「…………はぁ?」 「どうせ俺が死んでユスティート・ティアニーがラスティル国王になるなら、俺が死ぬ前にユスティート・ティアニーを国王にしてやろうという話だ。ユスティート・ティアニーとしても、何も知らないまま国王になるより、王政について学んだ後で国王になった方が統治が楽であろう」 何を言っているのか、この男は。 「混乱に乗じて隙を突かれたらどうするんだ!?」 「ユスティート・ティアニー共々、レオノーラの息子の魔術を利用して逃走するさ。そして態勢を整えて、反撃に転じる」 どうやら、冗談ではなく大真面目に言っているらしい。 だが……。 「ヴァニタスの予言を、全面的に信じるのか?」 ユスティートを養子にするということは、そういうことだ。 ヴァニタスの父親代わりの俺自身、あの予言は他者には夢物語や妄想と捉えられてもおかしくないと思っている。 何しろ、表向きヴァニタスは悪魔憑きとして幽閉されている身だ。 悪魔憑きが故の幻覚だと捨て置かれても仕方がない。 「英雄がアリスティアの生き残りじゃなかったら一蹴していたがな……話が変わった。レオノーラの息子の語る夢物語が真だと捉えた方が、筋が通る」 そうだ。 この男はより勝算の高い賭けに乗る男だ。 「……もう、お前の中では決定事項なんだな。俺が何を言っても……」 「……聞くとでも?」 わかってはいるが、腹が立つ。 「お前には俺とユスティートの護衛を任せる。レオノーラの息子の護衛の為にアリスティアの生き残りを捕まえておく算段を立てておけ……それから」 セオドアは急に笑いを引っ込め、真顔になる。 つられて俺も背筋を伸ばし、顔を引き結んだ。 「スピルスにはギリギリまで悟られるな」 それは、予想外の言葉だった。 「…………何故?」 「特に理由はない。強いて言えば、俺が魔王で手の元を忍ばせるならあの位置だというだけの話だ。子供を忍ばせて成長させれば、大抵の大人は愛着が湧き、絆される。とはいえ、根拠はない。だからこそ奴の反応が見たい……それだけだ」 スピルスは、ヴァニタスにとって最早幼馴染みのような存在だった。 だが、セオドアの勘が侮れないというのも、痛い程に身に染みている。 「わかった。スピルスにはギリギリまで悟られないよう策を講じる」 仮に、スピルスが魔王の関係者だった場合、スピルスに心を許しているヴァニタスにも危険が及ぶのは間違いがない。 セオドアに良いように操られているようで癪だが、確かにスピルスの反応は確認しておきたい。 思い出すのは地下水脈で泣く、幼いヴァニタスの姿。 あの子供に、これ以上悲しみや苦痛を与えてなるものか。 「素直で結構。スヴェン、久しぶりに同衾するか?」 セオドアはまた、くっくと笑いながらからかうように口にする。 「お前が譲位したら考えてやる」 「そりゃいい。この盛大な悪戯の楽しみが増した」 此処で断れない、突っぱねられないのが俺の欠点だ。 魔王……。 夢物語の存在かと思っていたが、セオドアの言動で現実味が増した。 実在するとしたら、何を考えているのか? 何を企んでいるのか? 平穏な日々が緩やかに、しかし確実に崩れていくような感覚に俺は戦慄いた。 戦乱の火は、確実に俺たちに……そして子供たちに迫っている。

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