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03会談−午後−
「……ふーん。そのあたり、お前の見解はどうなんだ、ユズキ」
柚希は相変わらず、午前中のシリアスブレイカーの片鱗も見せない。
瞳を閉じて大きく息を吐くと、ゆっくりと語り出した。
「魔王と呼ばれる彼は、私と共にこの世界で100年を越える時を生きていますが……彼はずっと生まれる前の悲運、悲劇に囚われています。愛されなかった記憶。同じ境遇の者と支え合って生きてきたのに、その存在を理不尽に奪われた怒り。彼の精神は自身の命と引き換えに復讐を遂げた14歳で時を止めています。自身も含めた人間を悪と認識し、憎悪していますので……やりかねないでしょう」
柚希の言葉に、セオドアは不愉快そうに顔を歪める。
「理不尽への復讐と言われても、我々は彼に何かをしたわけではない。それなのに戦争を仕掛けられては、それこそ理不尽の極みではないか」
柚希は反対に、まるで慈愛に満ちた母親のように微笑みながら、セオドアに応える。
「この世界に生まれ落ちる前、私たちが生きて死んだ世界は、そんな理不尽に満ちた世界だったんですよ。目上の者に理由もなく罵倒される。罵倒された男は苛立ちを目上の者ではなく、暴力では自分に敵わない、より弱い立場の妻にぶつける。妻も怒りを夫ではなく、自分が見捨てたら生きていけない、より弱い立場の子供にぶつける。私たちがかつて生きてきた世界は、強者からの理不尽な八つ当たりを、より弱い者へとぶつけ、弱者を人身御供にすることで理不尽に対する不満や怒りを消化しようとする……人身御供となった弱者や子供にとっては、地獄のような世界だったんです。現代日本というのは」
ふと、柚希の生い立ちを聞いていないことに気がついた。
彼は自分が美容師だったことしか口にしていない。
どんな風に生き、何故死んだのか……一言も触れなかったし、こちらから触れようとしたら茶化しそうな雰囲気でもあった。
俺は柚希を陽キャだと思ってきたが、そう見えるように振る舞っているだけ……なのだろうか?
「私は、ふたつの目的で旅をしています。ひとつは、転生者たちがこの世界に馴染んで幸せに暮らすように僅かながらでも手助けすることです。生まれる前の記憶が甦ったとしても、ヴァニタスはヴァニタスで、スピルスはスピルスなのです。生まれる前に囚われず、ヴァニタスとして、スピルスとして、この世界に馴染んで幸せになって欲しい。あの子の……魔王の傍にいて、あの子の苦悩を見てきたからこそ、私はそう……強く思うのです」
柚希は、そこで一度言葉を切った。
俺とスピルスを交互に見つめて微笑むと、またセオドアへと視線を向ける。
「もうひとつは、あの子が生まれる前に支え合ってきた少年を……理不尽に命を奪われてしまった少年が、転生者としてこの世界に生まれ落ちていないか、探す為です。あの子は殆どの転生者を察知し、離れていながら接触を図ることができますが、スピルスの言ったとおり、私は例外です。あの子には私の居場所がわかりません。遠距離で接触を図ることも出来ません。即ち、私のようにあの子の掌から溢れ落ちている転生者がいて、その中にかつてのあの子にとって、かけがえのない大切だった存在も含まれているかもしれない……もしそうなら、見つけてあげたい……そう思うのです」
ガタン……そう、椅子を揺らしたのはスヴェンだった。
柚希に向けて何かを口にしようとし、躊躇い……そして、沈黙した。
何だったんだろう?
「話がズレてしまいました。申し訳ございません。戦争に関しては可能性は十分にあり得ます。スピルスが魔王との接触を断つのであれば、相応の準備を整えてからの方が良いでしょう。幸い、この国にはヴァニタスがいます。ヴァニタスの領域魔法の範囲をこの国全体に広げれば、悪意ある魔物はこの国に侵入できなくなり、敵国の兵士はこの国に足を踏み入れた途端、戦意を喪失するでしょう」
…………はい?
急に名前を上げられて、俺は目をしばたたかせた。
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