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猫のコンシデレーション
私の記憶は、人間の子供たちに暴行されていた頃から始まります。
あのまま放置されれば、私はきっとこのラスティル王国に転生することはなかったでしょう。
けれど私は、親切な人間の老夫婦に拾われたことで一命を取り留めました。
そして私は一匹の名前の無い野良猫から、“小雪”という名前の猫になりました。
老夫婦の家には、一人の少女がいました。
両親による虐待から逃げ出し、老夫婦の家に転がり込んだ孫娘です。
千紗という孫娘を、私は実の姉のように慕っていました。
千紗は物語が大好きでした。
そして、『アルビオンズ・プレッジ』というゲームが大好きでした。
千紗がゲームをプレイする隣で、私もその世界を見ていました。
千紗は攻略本やノベライズ版、ファンブックなどを開いて私に見せて、そして楽しそうに『アルビオンズ・プレッジ』の話を語ってくれました。
『アルビオンズ・プレッジ』の話をする千紗は本当に楽しそうで、幸せそうで。
私はそんな楽しそうで幸せそうな千紗を見るのが大好きでした。
千紗はある日、学校に行くと出かけたきり帰宅しませんでした。
千紗は学校でも虐められていたそうです。
けれど、祖父母にこれ以上迷惑は掛けられないと、相談も出来ないまま登校し続けていたそうです。
千紗は学校の屋上から飛び降りて死にました。
老夫婦は泣きました。
そして、それ以上に自分を責めました。
何故、千紗の苦しみに自分たちは気付けなかったのかと。
私も同じ気持ちでした。
どうしてあんなにも近くにいたのに、千紗の苦しみに気付けなかったのでしょう。
老夫婦が私を救ってくれたように、私に千紗が救えなかったのでしょう。
それから18年。
おばあちゃんが亡くなりました。
認知症を患っていたおばあちゃんの最後の言葉は「千紗ちゃん、ごめんね」でした。
認知症だったのに、千紗の死は理解しているようで、苦しかったのを覚えています。
おばあちゃんが亡くなって、おばあちゃんを一人で介護し続けてきたおじいちゃんもまた、認知症を患ってしまいました。
認知症のおじいちゃんと、私だけの家。
この家におじいちゃんの娘夫婦が……千紗の両親が引っ越してきました。
しかし、千紗の両親によるおじいちゃんの介護は、虐待そのものでした。
そして、私もまた……。
ろくに水も食事も与えられないまま、恐らく餓死したのでしょう。
大好きなおじいちゃんを助けられなかったのが心残りでした。
「だが、千紗の母親を育てたのはその老夫婦だろう。その老夫婦は千紗の母親の育て方を間違えた。千紗の母親にとっては、老夫婦は加害者かもしれない。人間というのは、そういうものなのだ」
魔王の言葉を、私は……マドリーンは否定出来なかった。
マドリーンという人間になってからも、私は人間という生き物が理解出来ない。
妻がいながら、私に手を出すナイジェル。
子供がいながら、子供の目の前で自死するレオノーラ。
レオノーラが自死したと知った時には、千紗の姿が重なり、胸が痛かった。
でも、彼女は母親だ。
まず、子供を守ろうとすべきではないのだろうか?
猫と人間では、そのあたりの感覚が違うのだろうか?
確かに、マドリーンの両親も子供たちに見向きもしなかった。
だからアレクシスは私が育てたのだ。
大して手をかけたわけではないのに、アレクシスは私を実の母親のように思い、執心するようになった。
失敗したと思った。
だからレオノーラの子供、ヴァニタスには手を出さなかったし、実の子供であるシルヴェスターにも少し距離を置いて育てた。
私はどうすれば良かったのだろう。
よくわからないまま、今日も私は魔王の指示に従う。
ナイジェルを、子供のように甘やかす。
このアッシュフィールド公爵家を乗っ取る為に。
でも、本当にこれでいいの?
おじいちゃんとおばあちゃんも加害者だったのかもしれない。
おじいちゃんとおばあちゃんが苦しめたから、千紗の母親は千紗を苦しめ、死に追いやったのかもしれない。
でも、おじいちゃんとおばあちゃんとの幸せな生活は偽物だったの?
おじいちゃんとおばあちゃんが傍にいてくれて、私は……猫の“小雪”は幸せだったよ。
千紗と『アルビオンズ・プレッジ』を通して触れ合った時間も、私にとっては幸せな時間だった。
そういうのを、全部無視して、人間を滅ぼしてしまってもいいの?
わからない。
わからない。
わからないから、私は今日も魔王の指示に従う。
考えることを放棄する。
私も、愚かな人間の仲間入りを果たしていると痛感しながら……。
「ナイジェル様」
「マドリーン……」
「難しく考える必要はないのです。貴方には罪も責任もありません。レオノーラ様が自害されたのも、ヴァニタス様が悪魔に心を支配されてしまったのも、全てお2人の弱さが原因です。貴方が御自身を責め苛む必要など何一つとしてないんですよ」
もう、「自分は猫だから」という言い訳は、私には通用しない。
私はもう既に愚かな人間の、加害者のうちの一人なのだから。
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