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スティグマ

   痛い。  痛い。  痛い。  身体が、痛い。  心が、痛い。  どうして、俺は……。  俺の名前はソルティード・アイテール。  ラスティル王国アイテール王家の第一王子だ。  だが、俺は側妃の息子だった。  そして、正妃が俺の弟を産んだ。  セオドア・アイテール。  俺の弟だ。  父であるラスティル国王は俺に見向きもしない。  側妃である母は俺こそが第一王位継承者だと虐待紛いの教育を施す。  母の言う通りにしないと鞭で叩かれる。  俺の身体はいつも痣だらけだった。  とても王子の身体には見えない。 「ソルト兄様、大丈夫?」  俺に手を差し伸べてくれるセオドアが愛しかった。  セオドアが欲しい。  そしてセオドアの為なら何でも出来ると思ってしまった。 「セオドア、俺の部屋に行こうか?」 「…………アレ、するの?」  セオドアの言葉に俺は微笑みながら頷く。  セオドアは困ったような表情を浮かべながらも拒否しない。  俺はセオドアを抱いた。  何度も何度も抱いた。  俺の存在がセオドアの傷になればいいと。  そしてセオドアに俺の存在が刻み込まれればいいと、何度も何度も。  俺はセオドアを抱いた。  自覚があった。  多分俺は、長生きはしない。  正妃が死んだ。  セオドアの母親が死んだ。  毒殺だった。  俺は母を疑ったが、侍女と共に自死したのは別の側妃だった。  側妃は遺書を残していた。  正妃に嫉妬していた、だから侍女に毒殺を命じたと。  正妃毒殺事件は、側妃の自死と遺書が発見されたことで、とりあえずは解決となった。  しかし、父はセオドアを同盟国であるクレイヴィア王国へと避難させた。  俺の愛しいセオドアを、俺の手の届かない場所へ。 「何故です!? 正妃様の命を奪った側妃は死にました!! 何故セオドアをクレイヴィア王国に避難させなければならないのです!?」  俺に見向きもしなかった父が、この時初めて俺を見た。  怒りに満ちた瞳だった。 「自死した側妃の実家は、事件前に金策に困っていた事が発覚した。事件後、実家は取り潰しになったが側妃の一族は不自然に金を手にしている」 「…………」 「金の流れを追った。背後に居たのはやはりお前の母親だった」  驚きはしなかった。  何となく、裏に母がいる気はしていた。 「だが、セオドアを避難させたのはお前の母親から守る為だけじゃない」  父の瞳に、怒りと共に侮蔑の色が混じった。 「お前からセオドアを守る為だ」 「…………俺から?」 「お前がセオドアにしている行為に気づかないとでも思ったか!! この気狂いめ!!」  父は、俺がセオドアを抱いている事に気づいていたらしい。  或いは正妃毒殺事件の後に調べたのか。 「お前は廃嫡、そして国外追放だ!! 勿論クレイヴィア王国にも入れない!! 俺の後を継ぐのはセオドアだ!!」  別に、後継者とか、そんなものはどうでも良かった。  セオドアが王位を継ぐなら、俺はそれでいい。  だが、俺のセオドアへの愛を侮辱した父が許せなかった。  俺のセオドアへの愛を“気狂い”と言った父が許せなかった。  そして、セオドアを俺の手の届かない所に避難させるきっかけを作った母が許せなかった。  俺は父を殺した。  そして母を殺した。  城の兵や侍女、使用人を何人も斬り殺した。 「セオドア……セオドア……何処だ……」  今はもうこの城にはいないセオドアを探す俺は確かに気狂いだ。  此処は正妃の居住区。  その一画……セオドアの部屋だ。  かつて何度も訪れたその部屋には、今は誰もいない。  鏡に映るのは、血塗れで笑う俺。 「あぁ……確かに俺は、気狂いだ」  鏡に映る俺は、どう足掻いても狂人にしか見えなかった。  俺は笑う。  自身の醜さに笑う。  鏡の中の俺が、笑いながら涙を流す。 「セオドア……」    嗚咽が漏れた。  どうしてこうなった。  俺はただ、セオドアを愛していただけなのに。 「この血塗れの腕では、もう俺はお前の身体を抱き締められない」  俺は笑いながら、そして泣きながら、血塗れの剣で自身の喉を……。  愛している、セオドア。  いつまでも、いつまでも、愛している。  俺の存在がお前を苛む傷の一つになれたらいいのに。  お前を生涯苛む烙印の一つになれたらいいのに……。

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