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03巣立ち

 俺が屋敷を出る最後の日。 「やっぱマチルダの料理は美味いなぁ」 「いつでも食べに来てください、歓迎します」  敢えてご馳走ではなく、マチルダに俺が錬成で作った食材を使った素朴な手料理をオーダーした。 「本当に美味しい。おばあちゃんの作ってくれたご飯みたい」  マドリーンが言う“おばあちゃん”というのは前世の飼い主のことだろう。 「おばあちゃんがお料理してるの、見るのが大好きだったの。私が人間だったら、一緒にお料理したいなって、ずっと思ってた。私の作ったお料理を、おじいちゃんと千紗ちゃんに食べてもらいたいなって」  マドリーンの話を聞いてると、何だか、胸のあたりが……こう……ぎゅうっっと……。  前世のマドリーンにとって、老夫婦と千紗は本当に大切な存在だったんだな。 「でしたら、一緒に作りませんか?」 「一緒に?」 「お料理も、お菓子も、食べる瞬間はとっても幸せですが、作る時間もとっても楽しいのですよ」 「やる! やってみる!」  マチルダとマドリーンのやり取りを見て、シルヴェスターが微笑んだ。 「こんなに楽しそうな母上を見るのは初めてです」 「良かったな」  頭をぐりぐりと撫でるがシルヴェスターは怒らない。 「はい、兄上と皆さんのおかげです」 「俺は何もしてねぇけど……」  今の俺は悔しいけど、無知過ぎる。  だから周囲に振り回されて、流されてばかりだった。  外に出たら、色々学ばなきゃな。 「ヴァニタス。城に行ったらアレクシスの事、お願いね。根は優しくて、とても良い子なの」  ユスティートの婚約をゴリ押ししてるアレクシス・ピンコット宰相か。  マドリーンの弟なんだっけ?  アッシュフィールド公爵家での話し合いに絡んでくると思ったけど、結局出て来なかったな。 「アレクシスは転生者なのか?」  俺の問いに、マドリーンは困った顔をした。 「わからない……」 「わからない?」  マドリーンは頷く。 「本人はそんな素振りは見せなかったし、魔王もアレクシスが転生者だとか、転生者同士協力しろとか言わなかった。でも……」 「でも?」 「魔王はスピルス・リッジウェイに私の存在を伏せていたのでしょう? 私はスピルス・リッジウェイが生まれる前から前世の記憶を取り戻して、魔王の為に動いていたのに」  そうだ。  マドリーンが転生者じゃないかと示唆したのはスピルスではなく柚希だ。 「だからアレクシスも転生者で、アレクシスも魔王もその事実を私に隠していても、私は驚かないわ」  魔王……森野響哉。  柚希以外信用できないんだろうな。  その柚希が俺とラスティル王国に肩入れしてる……か。  怒り心頭だろうな、森野響哉。  結構危なくないか、今の俺やラスティル王国を取り巻く状況は。  しかし、柚希一人を責められない。  むしろ、柚希にはかなり助けてもらっている。  柚希がいなかったら、俺たちは頭に血が上った親父に切り捨てられていたかもしれない。 「ヴァニタス、俺はこの屋敷に使用人として残る」 「わかってる。いつまでもアルビオンの目に頼ってばっかじゃ、この先困るもんな」  アルビオンはいつか世界中を旅して、そして世界を救う英雄だ。  いつまでもラスティル王国に繋ぎ止めておいてはいけない。  アルビオンに頼りきりじゃいけない。 「アレクシスのことは俺が何とかする。義理だけど、俺の叔父だからな」  そう言うと、マドリーンが嬉しそうに顔を綻ばせた。  今は流石にちょっと気恥ずかしいけど……。  いつか。  この人を“母さん”と呼べる日が来るといいな。

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