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手紙
アレクシス、お久しぶりです。
お元気ですか?
私は元気です。
私がアッシュフィールドの離れ屋敷に移り住んだのはヴァニタスのせいではありません。
私は魔王の手先として、このラスティル王国を破壊する為に動いていました。
私には前世の記憶があります。
前世の私は猫でした。
人間に飼われていた飼い猫でした。
私の飼い主は、とても優しい素敵な人たちでした。
でも、私の飼い主は不幸な終わり方をした人が多かったのです。
私自身、最後は水も食事も与えられず餓死しました。
人間を恨んでいた私は、魔王の誘いに乗りました。
でも、ヴァニタスと相対する中で気づきました。
私は人間を恨んでいました。
でも千紗ちゃんとおじいちゃんとおばあちゃん……飼い主のことは大好きだったのです。
そして飼い主は人間です。
人間の全てを恨むことは私には無理だったのです。
貴方も前世の記憶があり、魔王の指示で動いている可能性があると聞きました。
貴方の一番近くにいたのに……気づいてあげられなくてごめんなさい。
いつか、貴方の前世について話してもらえると嬉しいです。
それから、ヴァニタスを恨んだり傷つけたりしないでください。
あの子もまた、義理ですが私の大切な息子なのです。
よろしくお願いします。
マドリーン・アッシュフィールド
*
「アレクシス、入るよ」
「ノアか?」
「そう、俺」
ノア・マードック。
マードック侯爵家の四男。
スヴェン・マードックの弟。
「今度は何をやらかしてんだよ」
「何って?」
「『“ラスティルの大結界”展開計画』反対運動」
俺はベッドに寝転びながら、軽く笑った。
「姉さんが、アッシュフィールド公爵家の離れ屋敷にいる」
「知ってる」
「僕はアッシュフィールド公爵家に入れない。ヴァニタス・アッシュフィールドが張った結界に弾かれる。僕はただ姉さんに会いたいだけなのに」
「…………」
「結界に入れるか弾くか、それを決めるのはヴァニタス・アッシュフィールドだ。おかしいだろ? そんなの個人が決めていいものじゃない。人間の善悪なんて曖昧なもの。人間に物事をジャッジする資格などない」
そんな風に呟いていると、ノアがベッドに座った。
「それはヴァニタス・アッシュフィールドに言ってるの? 前世のお前に言ってるの?」
「…………」
「正義を目指した、でも最後には悪となった。人間の善悪とは曖昧なもの……お前はよく言ってたよね」
「…………」
「お前がやるべきは頭ごなしにヴァニタス・アッシュフィールドに反対することじゃないだろ? お前には頭も口もあるんだからさ。お前がやるべきはヴァニタス・アッシュフィールドと話すことだと思うぞ」
「…………殺したい程憎い相手なのに?」
ノアがクスクスと笑いながら、僕の顎を掴んだ。
そして耳元でこう囁く。
「俺はお前を囚えるお前の姉君が殺したい程憎いよ。でも殺しはしない。お前が悲しむ姿は見たくないから」
冗談……と、言おうとしたら唇を塞がれた。
姉の手紙を思い出す。
僕も人間が憎い。
でも、香代さんが憎いかと言われると言葉に詰まる。
この世界では姉とノアは憎めないだろう。
ヴァニタスを殺す?
姉はヴァニタスを大切な息子だと言った。
ヴァニタスを殺したら、大好きな姉が嘆き悲しむのかもしれない。
僕は、どうしたら…………。
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