105 / 112
貴方への赦し
「何をしている!! ヴァニタスの居住区には近づくなと言っただろうが!!」
「セオドア様!! 申し訳ございません!! ですが、幽霊が……」
幽霊?
首を傾げている間に過激派の奴等は逃げ出した。
少し動くのが遅すぎた。
迷いが生じたのだ。
国の為に動くか。
ヴァニタスの為に動くか。
我ながら愚かだった。
まだヴァニタスを犠牲にする段階ではない。
ヴァニタスの居住区に張られていた結界は一部が破られていた。
ヴァニタスの結界も万能ではない……破ることが可能か。
結界に手を触れる。
「《対魔法・対魔術》《接続》《結界修復》《結界補強》」
ヴァニタスの結界が修復・補強されてゆく。
ヴァニタスと共に『“ラスティルの大結界”展開計画』に加わる事も考えてなくはなかった。
だが、この国に囚われる事に恐怖感があった。
良い事も、嫌な事もあったこの国に……。
「セオドア」
声がした方に顔を向ける。
黒髪に金色の瞳。
ヴァニタスや俺と同じ髪と瞳の色。
忘れもしない……。
「兄……上…………」
しまった。
奴等が幽霊と口にした時に気づくべきだった。
この国であった嫌な出来事。
この居住区に幽霊が現れるとしたら彼しかいないではないか。
「俺はそんなにもお前に恐怖を与えてしまっていたんだな」
身体が震える。
床に座り込んでしまう。
「ソルト……兄……様…………」
兄上が舌打ちをした。
身体が震える。
兄上は…………黒猫のぬいぐるみの姿になった。
「その……姿は……?」
「謁見の時に見ただろ? ヴァニタスがくれた新たな形だ」
この姿なら怖くないだろうと兄上が口にする。
そんな……。
あの時ヴァニタスが連れていた、黒猫のぬいぐるみが兄上だったなんて……。
「セオドア、落ち着いて聞いてくれ」
兄上の言葉にコクリと頷く。
不思議と恐怖感が薄らいでいく。
「俺はお前を愛していた。だが、結果的にお前を酷く傷つけた。本当にすまないと思っている」
「今更、謝られても……」
避難先のクレイヴィア王国で俺はスヴェンに縋った。
スヴェンは自らの命を落とす覚悟で、俺を受け入れ抱いてくれた。
スヴェンのお蔭で俺は癒された。
だが、スヴェンを愛してしまったおかげで後継者問題という大問題にぶつかってしまった。
その問題が、ユスティートとウィリディシアのお蔭で解決するかもしれない……そんな矢先に。
「許してもらえないことをしてしまったという事はわかっている。俺はお前の人生を歪めてしまった」
「…………」
兄上を睨む。
兄上は少したじろいだ。
「お前になら祓われても仕方ないと思っている。だが、もう少し待ってくれ。ヴァニタスを助けたい」
言われて気づいた。
この部屋にヴァニタスはいない。
「ヴァニタスは!?」
「転移魔法陣を使ってアッシュフィールド公爵家の離れ屋敷地下の湖に転移した。転移魔法陣は封じるか消せと言った……消したみたいだな」
安心した。
過激派に攫われたわけではなかった。
「俺はヴァニタスを助けたい」
「俺もだ。その為にも……俺は兄上を許さなければならないな。怒りや憎悪に任せて兄上を強引に祓うのは、今のアルビオンと同じだ」
過去は過去。
今は今だ。
それを、アルビオンとヴァニタスに……子供たちに示さなければならない。
それが、俺たち大人の役目だ。
「兄上、一緒に来てくれ」
「勿論だ」
黒猫のぬいぐるみ姿の兄上が俺の肩に乗った。
情報収集しながらアッシュフィールドの離れ屋敷へと向かう。
ヴァニタスの魔法を改竄できる俺なら、地下の湖に入ることができる筈だ。
ともだちにシェアしよう!