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第1話

『朝比奈晋(あさひなすすむ)少尉に深く関わると生きて故郷に帰れなくなる』 そんな噂を配属先で聞いたが、従軍した時点で生きて故郷の地を踏めると千夜義三郎(せんやぎさぶろう)は思っていなかった。 家族の為に生き、家族の為に死ぬ。 貧しい農家の三男として生まれた義三郎はその為に自分は生まれてきたのだと思っていた。 生まれつき肌の色が白く、太陽をいっぱいに浴びながら農作業をしていても日に焼ける事のない筋骨隆々の身体と精悍な顔立ちは集落内でも評判になっていて、金銭と引き換えに裕福な家の女たちの相手をした事もあるほどだった。 その時さえ、義三郎は家族の為になるならという感情しか持たなかった。 従軍したのも、より多くの金銭を得る為だったのだ。 そうして何年もの時を過ごしてきた義三郎は歳を重ね、30半ばになっていた。 朝比奈少尉との出会いは、自分はもう十分に生きたからいつ死んでも構わない、戦死しても家族には遺族年金が入ると聞いているから何の問題もない、そう思っていた時だった。

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