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第8話

「千夜」 「はい」 「お前はわしの噂話を知っているか」 「朝比奈晋少尉に深く関わると生きて故郷に帰れなくなる、という話の事でしょうか」 曇りのない大きな瞳に見つめられ、義三郎は正直に応える。 「そう、あれは真の話じゃ。わしと衆道の関係になった者たちは皆死んでいった」 「……軍人はいつ死んでも可笑しくないと思いますが」 一瞬見せた哀しそうな表情。 そんな風に思わなくても、という思いから、義三郎はこう言っていた。 「そうか。お前は少しちがうようじゃな。彼等はわしと関係を結んだ時、わしの為なら死ねると言ってな。戦場でわしを守る為に死んでいった」 「部下が上官の命を守るのは当然の事ではないかとおれは思います」 実際、そういう場面を幾度も見てきた。 義三郎も死にはしなかったが負傷した事が何度かあり、その傷は身体に刻まれていた。 「……お前にはそうなって欲しくない」 そう言って、少尉は義三郎の胸に顔を埋めてくる。 「わしの為に目の前で命を落とす者をもう見とうない」 「…………」 一体、この人は今まで何人の男と関係を持ったのだろう、と義三郎は思った。 それと同時に、恐らく自分よりも歳若いこの人は、自分よりもずっと繊細な人なのだと思った。 「確かに目の前で人が死ぬ姿を見るのは気持ちの良い事ではありませんが、貴方は少尉殿で部下に守られる立場におられる御方ですから、仕方のない事だと思った方が良い、と思いますが」 いつしか、義三郎は腕の中の温もりが心地よく感じていた。 それが口数の少ない義三郎に話す事を促した。 「……そうだな」 「おれはもう充分生きましたので、いつ死んでも何の悔いもありません。もしこの先おれが貴方の目の前で死んだとしても、貴方は決してご自分を責めないでください。その時はおれが部下として当然の事をしたのだと思ってください」 こんなに話すつもりはなかったのに、と義三郎は話した後で後悔していた。 「分かった。取り乱してしまって済まなかったな」 「いえ、それはおれの方です」 「お前とは良き関係を築いていけそうじゃ」 顔を上げた少尉がもう一度口付けてくる。 唇を逢わせるだけの接吻を、義三郎は受け入れていた。

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