32 / 32
第32話
千夜さま
これがきっと最期の手紙になると思います。
士官学校に合格した時から、軍人になり任地に赴いた時は最前線で戦い、真っ先に死ぬつもりでおりました。
僕は生きている限り、狂おしいほどあなた様を愛してしまう。
僕に抱かれるあなた様の姿を思い出す度、時折見せる悲しそうな瞳をしたあなた様がいた事も思い出します。
あなた様の御心を変える事が出来たなら。
兄さまの事など忘れて僕だけを見て下さったなら。
あなた様を抱く度そんな思いに駆られておりました。
それも死ねばもうお終い。
僕は最期まであなた様を想い続けて逝きます。
さようなら。
(おれが……殺した……勇殿を……おれが……)
涙がとめどなく溢れ、流れた。
大切な人の弟を守る為に生きなければならない、と思っていたのに、心を壊し、命まで奪ってしまった。
おれに、もう、生きる理由などない。
勇殿が旅立った時に死ぬべきだったのだ。
義三郎はふらふらと海に向かって歩いていた。
死のう、と思って向かった海は穏やかで、夕陽を浴びて美しく輝いていた。
『死ねば、もうお終い』
手に携えてきた勇の手紙の言葉を、義三郎は思い出す。
「お終い……」
口に出したところで、義三郎は我に返る。
そうだ。
死ねば楽になれる。
おれの死は逃げる事と同じだ。
少尉殿や勇殿とおれはちがう。
おれはいのちの限り生きて、生きて、苦しんで、苦しんで、それでも償えるかどうか分からないが、決して逃げてはいけない。
おれは、この罪を抱えていのちの果てるその時まで生きていく。
数日後、戦地から士官学校に勇の左脚の骨が遺骨として届いた。
義三郎は林に連絡すると、帰ってきた勇の骨を弔い、朝比奈少尉と同じ墓に埋葬した。
兄弟の名前が並んだ墓に義三郎は病で動けなくなるまで毎日通い、その生涯を閉じた……。
ともだちにシェアしよう!