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第10話
「藍、どうしたんだよ、急にこんな……」
上半身とはいえ、裸同士だ。
生の肌が重なる感触に戸惑って背中をよじれば、さらに強く抱きしめられた。
同い年のはずなのに、そのしなやかで弾力のある筋肉がついた体つきは、肉ばかり食べたらこうなるのかと羨ましく思いながら、腰に回された腕を解こうとしたとき、
「柾、彼女、いるの」
耳元で囁かれる熱っぽい声を聞いて、いま置かれている状況を把握した。
「藍――」
振り向けば、すぐそこに藍がいる。見つめてくる藍の視線に耐え兼ねて一歩退けば、腰に洗濯機の縁があたる。
「彼女、いるの?」
「いないけど――っ」
彼女がいなければ裸で抱き合うということでもないだろう。あの控え目で小さな少年が、こんなガツガツした欧米かぶれの雄になっていたなんて。
焦る俺の脇に、藍は腕を滑りこませて抱きしめた。肩口に埋められた藍の口から漏れる吐息が肩にかかる。その息の生暖かさに、ゾクリと身震いがした。
「じゃあ――」
じゃあ?
藍が俺の背中に回した手を、撫でるように動かし始めて、さすがにこれは違うと思った。
藍の指が背骨の溝を撫でて、腰まで達したとき、
「藍ッ!」
渾身の力で、藍の二の腕を掴み、その身体を引き剥がした。
きょとんとする藍の身体の横を通り抜け、俺はやっと洗濯機と藍の隙間から抜け出して、狭い廊下に出た。
「藍、どうしたんだよ、突然、こんな……」
「ずっと、我慢してた」
「はあ?」
「小学校の頃から」
「小学校の頃から?!」
藍と過ごしたのは、小学1年生の頃だ。さすがにそれはないだろとの意図をこめて見つめ返せば、
「間違えた。柾と別れて、海外で生活するうちに、気がついた」
訂正があって、まあそれなら妥当だろうと思うも、俺の気持ちの整理はついてない。
「あのな、ちょっと待ってくれ。藍、俺は――」
「驚いてる」
「そうだ」
片手で頭を抱えながらリビングに行けば、藍は俺の後をついてくる。
大体、偶然にも昔の親友と再会を果たせたことだけでも奇跡なのに、その親友が、いろんな意味で立派に成長しているなんて――
「柾は日本的だね。すごく硬い」
「そういう問題じゃないだろ。……とにかく、」
俺は洗濯機のもとに戻って動いているのを確認すると、冷蔵庫から缶チューハイを取り出した。藍に渡して、自分の缶のプルダウンを開けて、一気にあおった。
「甘いのが好きなのも、昔のまま」
なぜか嬉しそうな藍にちらりと視線をやって、どうしたものかと考える。
「また向こうに帰るのか?」
「うん。しばらくしたらね」
「明日も仕事があるんだろ、ここでこうしていても大丈夫なのか?」
さっきは泊って行けよと言ったが、事情が変わった。
それに、久しぶりに日本に戻ってきて忙しいだろうから、こんなむさ苦しい部屋で一晩を過ごすより、帰る場所があるんじゃないかと確認すれば、またも藍はきょとんとした顔で俺を見つめてくる。
「どこで寝ても自由でしょ。しばらくは、ここで柾と暮らすことにするよ」
「え……」
まばたきも忘れてかつての親友を見つめた。
こうして、俺とかつての親友、藍との同居生活が始まったのだった。
(前・終)
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