10 / 10

第10話

「藍、どうしたんだよ、急にこんな……」  上半身とはいえ、裸同士だ。  生の肌が重なる感触に戸惑って背中をよじれば、さらに強く抱きしめられた。  同い年のはずなのに、そのしなやかで弾力のある筋肉がついた体つきは、肉ばかり食べたらこうなるのかと羨ましく思いながら、腰に回された腕を解こうとしたとき、 「柾、彼女、いるの」  耳元で囁かれる熱っぽい声を聞いて、いま置かれている状況を把握した。 「藍――」  振り向けば、すぐそこに藍がいる。見つめてくる藍の視線に耐え兼ねて一歩退けば、腰に洗濯機の縁があたる。 「彼女、いるの?」 「いないけど――っ」  彼女がいなければ裸で抱き合うということでもないだろう。あの控え目で小さな少年が、こんなガツガツした欧米かぶれの雄になっていたなんて。  焦る俺の脇に、藍は腕を滑りこませて抱きしめた。肩口に埋められた藍の口から漏れる吐息が肩にかかる。その息の生暖かさに、ゾクリと身震いがした。 「じゃあ――」  じゃあ?  藍が俺の背中に回した手を、撫でるように動かし始めて、さすがにこれは違うと思った。  藍の指が背骨の溝を撫でて、腰まで達したとき、 「藍ッ!」  渾身の力で、藍の二の腕を掴み、その身体を引き剥がした。  きょとんとする藍の身体の横を通り抜け、俺はやっと洗濯機と藍の隙間から抜け出して、狭い廊下に出た。 「藍、どうしたんだよ、突然、こんな……」 「ずっと、我慢してた」 「はあ?」 「小学校の頃から」 「小学校の頃から?!」  藍と過ごしたのは、小学1年生の頃だ。さすがにそれはないだろとの意図をこめて見つめ返せば、 「間違えた。柾と別れて、海外で生活するうちに、気がついた」  訂正があって、まあそれなら妥当だろうと思うも、俺の気持ちの整理はついてない。 「あのな、ちょっと待ってくれ。藍、俺は――」 「驚いてる」 「そうだ」  片手で頭を抱えながらリビングに行けば、藍は俺の後をついてくる。  大体、偶然にも昔の親友と再会を果たせたことだけでも奇跡なのに、その親友が、いろんな意味で立派に成長しているなんて―― 「柾は日本的だね。すごく硬い」 「そういう問題じゃないだろ。……とにかく、」  俺は洗濯機のもとに戻って動いているのを確認すると、冷蔵庫から缶チューハイを取り出した。藍に渡して、自分の缶のプルダウンを開けて、一気にあおった。 「甘いのが好きなのも、昔のまま」  なぜか嬉しそうな藍にちらりと視線をやって、どうしたものかと考える。 「また向こうに帰るのか?」 「うん。しばらくしたらね」 「明日も仕事があるんだろ、ここでこうしていても大丈夫なのか?」  さっきは泊って行けよと言ったが、事情が変わった。  それに、久しぶりに日本に戻ってきて忙しいだろうから、こんなむさ苦しい部屋で一晩を過ごすより、帰る場所があるんじゃないかと確認すれば、またも藍はきょとんとした顔で俺を見つめてくる。 「どこで寝ても自由でしょ。しばらくは、ここで柾と暮らすことにするよ」 「え……」  まばたきも忘れてかつての親友を見つめた。  こうして、俺とかつての親友、藍との同居生活が始まったのだった。 (前・終)

ともだちにシェアしよう!