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第9話
「あの、高藤、藍……」
言葉が続かなかった。
この目の前に立つ壮健で色白の小綺麗な青年が、高藤藍――?
あの大人しく、小さくひ弱だった少年が、今や自分より逞しく長身な男になっていたなんて。
顔立ちだって、確かに言われれば面影はあるかもしれないが、なにせ小学校1年生の頃の記憶だ。どれも曖昧だし、それに同じ日本人から生まれたとは思えないほど、立派に成長した男を見て、まさか一時の親友に行きつくはずがなかった。
帰宅を急ぐ会社員らの人波の中にあって、2人だけがまるで時が止まったように見つめ合う。
「久しぶりに、ここに来たんだ」
そう落ち着いた口調で話すかつての同級生は、その言動から寛容さや鷹揚さを感じさせる。
声も低くなってるし……。
藍を見つめたまま、驚きで声が出ない俺に、藍はあの頃をほうふつとさせる笑窪のある微笑で語りかけてくる。
「柾、きみの家でいろいろ話さないか?」
帰国子女とはこういうものかと圧倒されるほど誘い方も自然で、慣れた様子の藍に、俺はいくらかどきまぎしながら、おずおずと頷いたのだった。
部屋に到着して、こんなわびしい独り暮らしの狭苦しい部屋に引かれるんじゃないかと思ったが、意外にも藍の反応はなかった。
鍵を開けて入れば、遠慮する感じもなく、まるで通い慣れた場所のように入ってくる。
「一人暮らしなの?」
久しぶりの再会にしては、ややフランクだが、外国帰りはこんなものかとも思う。
「ああ。藍は? いつ向こうから帰ってきたんだ?」
「うーん、ちょっと前かな」
そんなことを言いながら、藍は部屋を見回している。
「部屋は、2部屋?」
ああ、と答えれば、案の定藍は驚いた顔をして、狭いねと正直に話す。
「向こうの方は違うか? 日本のサラリーマンのひとり暮らしなんてこんなもんだろ」
それにしても、こんなはっきり述べるようなやつだったかと、異国に慣れ親しんだ藍の姿を思い描いた。
かつての藍の性格を考えれば、きっとどこにいても好かれる。しかもこんなスマートでハンサムな男に育ったのだ。誰からも愛されないはずがない。
汗が染みこんだワイシャツを脱いで、洗濯機の縁にかける。上半身裸のまま、リビングの藍に声をかけた。
「今日、泊まる場所はあるのか?」
確か藍がかつて住んでいた家は、今は別の家族が暮らしているはずだ。
「あるけど……ない」
もったいぶった言い方だが、久しぶりに会った親友の近況を聞きたいと思っていた俺は、特に気にも留めなかった。
「じゃあ、泊まっていけよ。大したものは用意できないけど――」
洗濯機を回すけど、藍のも洗うかと聞けば、藍も頷いてワイシャツとインナーを脱いだ。
藍のシャツを受け取り、洗濯機に向き直ってそのボタンを押したとき、背中からふわりと温もりと柔らかな感触に包まれ、俺は反射的に身体を硬直させた。
「藍――?」
背中から藍が抱きついているのだ。
海外の人間がするハグのクセでも抜けないままなのだろうと思い、苦笑交じりに振り向けば、そこには真剣な面持ちの藍がいた。
薄暗い廊下の光加減も相まって、妙な迫力がある。
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