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第8話
藍が引っ越しをする日になった。
俺は珍しく朝早起きをして、朝食も食べずに藍の家に向かった。同じ小学校とは言っても、藍の家は俺の家から子供の足で30分はかかるところにあった。
起きたばかりの母親に、藍の家に行くと告げ、朝ごはんだとか、あまりにも時間が早すぎるだとか言う母親を見向きもせず、俺は急ぎ足でに藍の家に行った。
家の呼び鈴を鳴らすと、インターホンに藍の親が出て、それから直接藍が玄関先に顔を出した。
「藍――」
俺は涙がこぼれないように歯を喰いしばった。今日が最後になるんだ思うと、その寂しさが胸に迫ってきた。
藍も今日が最後になるという気持ちは同じだったようで、今まで以上に、かしこまったような硬い表情をしていたが、ふと思いついたように、
「柾くん、朝ごはんは食べた?」
そう聞いてきたものだから、俺は正直に首を横に振った。
藍はすぐさま、ちょっと待っててと扉を閉めると、まもなくサンドイッチを持って出てきた。
「柾くん、秘密基地に行こう」
かかとに指を入れて靴を履きながら、決意を秘めた口調で藍はそう言った。
「引っ越しは……?」
「もう準備は終わったんだ。出発までにまだ時間あるから」
藍が初めて、自分から俺の手を取ったと思う。いつも俺の方が落ち着きがなくて、藍の手を取って走り出す方だったから、藍のらしくない行動に、少し驚いた。
俺が歩いた道を2人でまた戻り、そして秘密基地に行った。
珍しく先頭を切って藪を掻き分けていく藍の背中を新鮮な気持ちで見ながら、俺もその後に続いた。
掻き分けた藪の草木がもとに戻るか戻らないかの内に、藍が俺の両手首を取った。
自然と向き合う形になって、いつになく真剣な面持ちの藍と見つめ合う。
「藍――」
「手紙書くから。柾くんも、これ――」
渡されたのは、何やら不慣れな英語の字が書かれた紙切れだった。
「住所。僕が引っ越すところの住所。柾くんも、僕に手紙、書いてくれる?」
正直海外への手紙の書き方なんて知らなかったが、俺はすぐさま頷いた。
「きっと書く」
「電話もする。……柾くん、僕のこと、忘れないでね」
藍の必死な形相に、いつの間にか俺も藍の両手をぎゅっと握って、はっきりと頷いた。
「僕もきっと電話するからね。藍も、僕のこと、忘れちゃだめだからな」
「うん。いつか、必ず会おうね――」
お互い涙を流しながら、そう固く誓い合ったはずなのに。
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