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第7話

 次の朝、母親の声に呼ばれ、俺は泣き腫らした目をこすりながら布団を出た。 「柾、藍くんが来てるわよ」  その声に、俺はパジャマ姿のまま、急いで玄関に向かったのを覚えている。  藍の姿が見えて、俺は藍の名前を呼んで駆け寄った時、彼がいつにない改まった服装をしているのに気がついた。  蝶ネクタイに、子供用のスーツ姿。まるで入学式にでも出るようないでたちは、藍と俺の家格というか、普段住んでいる環境の違いを子供心に感じたものだった。 「短い間でしたけども――」  見れば、藍の後ろには両親が立っていて、俺の後ろにもいつの間にか母親が立って、まあ残念ですね、などと余所行きの声で応対している。 「挨拶に見えられたのよ。ほら、柾も」  頭を下げるように押されてぺこりと頭を下げた。頭を上げると、ちょうど藍と目が合った。    唇を引き結ぶ藍の表情からは決心が見えた。今までに見たことがないの藍の顔つきに、藍が遠くに行ってしまうことを実感させられて、俺の心は激しく揺さぶられた。 「すみません、起きたばかりでこの姿で……」 「こちらこそ、朝早くに申し訳ありません。藍が、真っ先に行きたいと言うものですから」 「どうぞ、おあがりください……」 「いえいえ、今日はこの後、あいさつ回りをしなければなりませんので、玄関先で失礼させていただきたいと思います――」  頭上で話す大人の声が、どこか遠くで聞こえていた。 「さあ、藍、あいさつは済んだ? 行きますよ」  そう背中を押されて、連れられていく藍が玄関の戸を出る間際、ちらと振り返ったが、何かを言うことはなかった。  玄関の戸が閉められ、藍の姿がぼやけると、2人の間に埋めることのできない大きな溝ができたように感じて、俺は呆然と玄関に佇んでいた。 「大変ねえ…海外転勤ですって。エリートの方も、いろいろあるんだわ」  そんな母親の呟きを頭のどこかで聞きながら、もう流し尽くしたと思った涙がまた溢れ出すのを止められず、その大きな粒は俺の足元にぽたぽたと落ちていった。

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