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第1話

1.春、幸せの香り 明成大学の合格発表日だった2月15日は千早の誕生日の前日だった。 「おめでとう、千早(ちはや)。合格祝い兼誕プレで、約束通り好きなもん買ってやるよ」 あ、って言っても予算5万以内な〜、と数生(かずき)は続けたけど、部活が忙しくてたいしてバイトも出来ていない数兄(かずにい)にとっては5万ってかなり高額だよなと千早は思って、ちゃんと大事にされている感じがしてなんなら合格したこと以上に嬉しかった。 で、考えた結果、耳のピアスはもう十分たくさん開いているのでへそピアスをすることにした。 「へそピ?なんか痛そうだけどな〜」と数生は渋い顔をしたが、「平気平気。自分でホール開けようかな」と、千早はさっそくピアッサーを注文しようとした。 だが、「やめろやめろ。バイ菌が入るから病院でやれ!!」と言う慎重派の数生の言うことを聞いて、大人しく誕生日当日に病院で穴を開けた。 けれどもホールが安定するまでには結構時間が掛かると言う。その日数生に買ってもらったピアスは半年程度、箱の中で眠ることになってしまった。 「すぐ付けたかったのに…」 「慌てて付けようとするなよ、千早。ちゃんと安定するまで消毒しろよ」 もう18歳と19歳で、付き合うようになってから1年以上経つのに、まるで本当の兄が弟にするかのように大真面目な顔で注意してくる数生に千早は思わず笑みが漏れた。「なに笑ってんだよ」と小突かれたけど。 四月初旬。 ———俺って、愛されてる!!! 数生と同じ大学にも入れたし、もう怖いモノなしだ、と充足感と幸せを感じて意気揚々と登校してきた千早は初日から出鼻をくじかれた。 「…数兄、さっきLIMO送ったんだけど」 「あ、ごめん、まだ見てなかった」 数生はキャンパス内で一番大きい学食にいた。…のはいいのだけれど、三人の女子に囲まれて昼食を食べていた。あげく隣に座っているのは千早が最大級に警戒している〈黒髪、清楚系〉の女だった。 「俺、財布忘れちゃって。数兄、ちょっとお金貸してくんない」 「お前なあ〜、気をつけろよ。今日、夜はバイトに行くって言ってなかったか?念のためこんだけ貸しといてやるよ」 と、数生は万札を千早に握らせた。 「ありがと」 「おう。あ、ここで飯食うなら丼ものがオススメだぞ。麺類なら文学部の方にあるC食堂の方が旨い」 「…そうなんだ、分かった。お金、バイト終わったら返しに行く」 「終わるの遅いだろ?明日でいいけど」 「今日行く」 「そ?まあどっちでもいいけど」 じゃ、またね、という千早に「おー」と数生は手を振って女子たちとの会話に戻って行った。 ———くそ、一緒にご飯食べようと思ったのに。 なんなんだ、一体。いつも女子たちとメシ食ってんのか?数兄は。 振り返ると数生は隣に座ってる黒髪の女と楽しそうに話をしていて千早は苛立ちが止まらなかった。かつての数生にならどんぴしゃでタイプだろうと思われる女子だったからだ。 ムカつくムカつくムカつく。 千早がカリカリしながら丼ものの列に並んでいると、「見つけた、成瀬〜!!」と肩を叩く者がいた。 「げ、真島」 「『げ』てなに。俺も明成大に入ることになったっつったじゃん?」 「本当に来るとはな〜…」 「成瀬が頑張ってるから影響されちゃって勉強してみたら俺も入れちゃったよ〜。ありがとな!また一緒に軽音サークル入ろうぜ〜」 「…あ〜。そうだな」 高二のときに千早を「ベースをやらないか」とバンドに誘ってきた真島は男が好きな男だった。しかも、ウケというかネコのほう。 真島はたまのセクハラがなければ気のいい奴だし、ギターも上手いし話も合う。しかし、虎視眈々と千早を狙っていて、少しでも数生との仲に暗雲が漂う気配を察知するとすぐ近寄ってくるのだ。 「倖田先輩、なーんか女子たちに囲まれて楽しそうだったね?隣に座ってた子なんてキラキラした目で先輩のこと見てたし、狙ってそうだったよねえ?いいのかなあ?」 「全然よくねえ」 「ふふっ、気をつけろよ、成瀬。足を掬われないようにな〜」 「うっせえ、黙れ」 数生も千早になにかと絡んでくる真島のことを警戒していて良くは思っていない様子だったので、真島に『同じ大学に行くかも』と言われたときは正直『困ったな』と思っていた。 けれど高3の夏まで全然勉強していない様子だった真島にはこの大学は無理だろうとタカを括っていたのにどうやら案外地頭がよかったらしく、千早の入った理工学部の建築学科よりは偏差値は多少低いが文学部に見事合格してしまった。ただ、数生と同じ経済学部ではなくて良かったのかもしれない。 千早と数生の仲を知っているのは今のところ真島だけなので、心置きなく数生との話をできる相手としてついつい頼ってしまうところもある。だから、困ったなと思いつつも、また真島に数生との惚気話や喧嘩話ができるのは少しは嬉しい気持ちもあるのだった。 大学に合格してからすぐ、学校と家との中間あたりにある商業ビルに入っている大型のCD販売ショップで千早はバイトを始めた。 子供のころは父親とCDを買いに来れば、新譜を物色したり視聴したりする人たちで賑わっていたものだが、最近は専らアニメや漫画関連の作品やアイドルグループの特典目当てで予約したCDやDVDを取りにくるだけの客が多くなっていて、バイトはさほど忙しくなかった。 音楽が好きでそれほどは真面目でないタイプのスタッフが多く、千早にとっては快適な環境だった。 ただ、「成瀬って彼女いるの?」とか、シフトが一緒になるバイト仲間に次々と主に恋愛関連の質問をされるが面倒なだけだった。 「付き合ってる人、いますよ」 「へー。どんな子?」 「背が高くて、可愛くて、年上です」 「年上なんだ?成瀬って確かに綺麗で経験豊富なおねーさまぽい人と付き合うのが似合いそうだな」 「そっすかね」 おねーさまねえ。本当はお兄さまなんだけどな。でも可愛いのは本当。 * * * 22時過ぎ、バイト帰りの千早から【家、着いたよ】とメッセージを受け取った数生が玄関ドアを開けると、目をしょぼしょぼさせながら千早が立っていた。 「おう、お疲れ千早」と出迎えると、「数兄、ただいま〜。ああ、疲れた…」と、何気なく家に上がり込もうとする千早を慌てて押し留める。 「おい、金返しに来ただけだろ?もう夜遅いし、今日、親、二人ともいるし…」 「いいじゃん、何もしなければいいんだろ」 「…何もしないんだな?」 「うん」 本当だろうな?と数生が疑いの目でじっと千早を見ると、真面目な顔でこくこくと頷くので仕方なく部屋にあげた。 「疲れた〜。地道な労働って大変だね…」 クッションを枕に千早はぐったりと床に寝転んだ。こいつなかなか帰らなそうだな、とイヤな予感がする。 「そうだろ、疲れただろ?早く帰って寝ろよ」 「なんで数兄、俺を家に帰そうとするんだよ…。あ!そういえば今日、なんか女子に囲まれてたじゃん。あれ、なに?」 千早に睨まれて数生はきょとんとした。 「あれって?俺の隣と前にいたのがテニス部のマネージャーで、もう一人が部員だよ。昼メシ食いに行ったらばったり三人に会って、一緒にどうかって言われたから」 「どうかって言われてほいほい乗ったんだ?俺、昼前にLIMOでメッセージ送ってたのに…。数兄って俺の彼氏だっていう自覚ないんじゃない?」 「なに、どういう意味だよ」 「だってさ…。特に数兄の隣に座ってたマネージャーの人なんて…どんぴしゃ数兄のタイプじゃん…」 「あー、なるほどね〜。それで拗ねてたのかお前」 確かにそこそこ可愛い女子三人に囲まれて周りから見れば羨ましい状況だったのかもしれない。昔の自分だったらこの中の誰かと付き合えないだろうかとか考えていただろうし、言われたとおり隣に座ってた秋元なんかは昔だったらドストライクだったかも。むっつりと黙る千早を見て(バカなやつ)と数生は思った。 逆に女の子たちの方が千早を見て色めきたっていたのだが。 『今の誰?!倖田くん!』 『あー、隣の家の…弟みたいな奴』 とっくの昔に弟どころか家族以上の付き合いになってしまった千早だが、対外的にはそう説明するしかない。 『めっちゃかっこいいじゃん!!』 『だよね、モデルみたい。綺麗な顔してるー!!』 数生の目の前の二人は手を握りあって興奮している。 『…別に中身はカッコよくないぞ?ワガママだし、俺様だし』 数生はそう言ったが、『中身なんてどうでもいい…顔がいいのは正義…!!』『あの顔ならなんでも許せる!!』と女子たちは聞く耳を持たなかった。 『何かのサークル入ってるの?テニス部に来ないかな?!』 『あー、あいつ高校からバンドでベースやってるから軽音サークルに入るんじゃないかな』 『バンドマンなの?確かにそんな感じ!ちょっと悪そうだし、遊んでそうだもんね〜。かっこいいな〜!』 悪そうで遊んでそう、ねえ。数生は可笑しくなった。 千早は見た目は目立つし、昔は確かにてきとうに好きでもない女の子と付き合っていたりしたが、自分にとってはどこにでもついてくる犬コロみたいなもんだ。いや、犬コロの割には〈飼い犬に手を噛まれる〉っていうか、よく酷い目に遭わされているが。 千早のことで盛り上がる女子たちを見て誇らしいのか、それとも男として魅力で負けてる気がして悔しいのか、どちらとも言えない複雑な気分ではある。 「俺なんて…別に、もう女の子とか興味なくなっちゃったし…」 まだムクれている千早に数生はそう言ったが、不思議なことにそれは本当にそうだった。 千早と付き合って振り回されているうちにかつて普通にしていたはずの男女交際というものが遠い過去となってしまって、女子とどうこうしたいという気持ちが今や全く起こらない。それでいいのかどうかはよく分からないが。 「ほんと〜?」 「本当だよ…。てか、お前こそ、また真島とツルんでんじゃん。あいつ、ストーカーか?同じ学校に入って来て」 「そうなんだよね〜。まさか真島も受かるとは思ってなくてさ…」 困ったような声音の割には千早の顔は緩んでいる。 「…お前、俺にヤキモチ妬かれて嬉しいとかまた思ってるな?さては、わざと真島と仲良くしてるだろ」 「え、違う違う。真島が寄ってくるだけだし…。でも、割とあいつ、いい奴なんだよ?」 「いい奴ねえ。俺はいつもすごい目で睨まれてるけどな」 「…真島なんて相手にしないよ。俺はいつも数兄のことしか見てないの、知ってるだろ…」 床に座った数生に起き上がって寄ってきた千早が唇を重ねた。入り込んできた舌からミントの味がする。 「…歯、磨いた?」 「数兄と会うから、帰り道にミントのガム噛んでた」 「何もしないって言ったくせに」 「甘いなあ、数兄は。しないわけないじゃん」 千早の薄くて長い舌に舌を絡め取られてじゅっと吸われ、「ふぁ…」と言ってるうちに押し倒される。 ぐっ、と部屋着のボトムスと下着が押し下げられ、そこに脚を引っ掛けられると、さらに下まで脱がされた。 「千早…下に、二人ともいるから…」 「分かってる。…だからあんまり大きな声、出さないでね」 そう言うと、千早の手が数生のペニスを握って摩擦を始めた。すっかり敏感な部分を掌握されていて、触られ始めるとどうにも抗えない。 「あっ、はぁっ…」と喘ぎが漏れてしまい、数生は慌てて自分で口を塞ぐ。 それだけでももうすぐにいってしまいそうだったのに、千早は身体を起こすと寝転んだ数生の腰の下にクッションを入れ、太腿の後ろをぐっと掴んで脚を開かせた。 しゅっ、しゅっと握った手をせわしなく動かされて、先端からじわじわと先走りが溢れ出す。ベースをやるようになってから千早の手や指は以前よりごつごつとして男らしくなったような気がする。 千早は穿いていたチノパンのポケットからチューブタイプのリップクリームのようなものを取り出すと、指先にそれを出して馴染ませた。 そして、数生の後孔にぬぷ、と中指が入り込んでくる。 「っん、…なにかと用意がいいな、お前…」 千早は無言で笑うと、指をく、く、とさらに奥へと進めてくる。そのうちに薬指も侵入してきた。 「んん、ふ…」 数生が顔を紅潮させ必死で声が響かないように口を抑えるのを邪魔するかのように、二本の指がトン、トンとノックするように内側の敏感な部分を叩いてくる。 「うっ…んん…」 「数兄、腰、浮き上がってるよ」 「るせえ…」 もう込み上げて来た射精感にびくびくと身体を震わせてながらなんとか耐えていると、千早が指を挿れつつ、また前も握って扱いてきた。 「あっ…!!っ、んんっ…!」 感じやすい部分を前も後ろも責められて、あえなく数生は達してしまい、力が抜けてぜえぜえと息を吐いた。 「数兄、声デカいよ」 「お前のせいだろ…」 「ねえ、やっぱり…挿れていい?めっちゃしたい…」 ぐったりと横たわる数生に顔を近づけて千早が囁いた。 「今日は、これ以上は…」 「ね、お願い」 「急にかわいこぶりやがって…。勝手にしろ」 諦めるつもりなど最初からさらさらなかった様子の千早は尻のポケットから財布を取り出すと、そこからゴムを取り出してパッケージを破った。 「お前って、本当に用意がいいな…」 「いつだってチャンスは逃したくないからね」 千早のガチガチに硬くなったものが挿入ってくると、ついさっきいったはずなのにまた数生の中がきゅう、と収縮しだした。 「ははっ、キツ…っ。数兄…」 「ばかやろ…」 ああ、なんでいつもこいつの言う事を聞いてしまうんだろう、と数生は思う。 弟の頼みを聞いてやる兄ちゃんの気分か?いやいや、本当の兄弟だったらこんなことしてたらマズいだろ。 千早との行為は飽きるどころかどんどん良くなってきてしまっていて、数生はどうしたらいいのか分からない。毎日のようにしてしまったらますます沼にハマってしまうように到底抜け出せないような気がするから、せめて抵抗を試みるのだがいつも失敗してしまう。 意志が弱いよなあ、と思うのだけど気持ち的には千早の我儘を仕方なく聞いてやっていることにして、とりあえず流されてしまうのだった。

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