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第8話

8.これからも、たぶん、ずっと 季節は巡り11月。大学祭で千早が所属しているバンドのミニライブをユリと観に来た数生は少し関心した。 「あいつ、ベース上手くなったなあ」 「上手だよね。ちゃんと始めてまだ一年ちょっとなんでしょ?勘がいいんだろうね」 バンドは有名曲のカバーを演奏していて、ボーカルもそこそこ上手く、会場は盛り上がっていた。千早はステージの向かって左側、ギターを担当する真島は千早の反対側にいた。 真島はいつも数生と出くわすと子供っぽくこれ見よがしに千早にベタベタしたりしてムカつく男だが、演奏する姿はかなり様になっている。ギターの技術も相当あるらしい。 ステージ上の千早は黒いシャツとパンツという地味なスタイルなのになぜか存在感があった。最近また髪色を金髪に近い色にしていて、照明の光を浴びて長くてふわふわな前髪がキラキラと輝いて見える。 あの黒いシャツの中には自分のイニシャルが刻印された臍ピアスが密かに刺さっているのだな、と思うことは確かに数生の胸を少しドキドキさせた。 二曲目の演奏が終わると、ボーカルのMCの時間らしく少し間が開く。すると、「千早くーん!」という女子たちの歓声が数生とユリの周りから飛んだ。 「え、なに、千早にファンなんていんの…?」 「そうみたいよ。夏季休暇に入る前にも体育館でライブやってたじゃない?それでファンになった子が結構いるみたい」 「へえ〜〜〜…」 あいつは昔から女子にモテるのだ。けれどあまり相手にせず常に塩対応なところが逆にウケているらしい。 ボーカルのMCに口を挟むこともなく、ステージで静かにベースの弦を調整している千早を数生がなんとなく見つめていると、それに気づいた千早がこちらを見て、ニコ、と、普段外では決して見せないような嬉しそうな顔で笑った。 「ぎゃーー!」と歓声だか悲鳴だか分からない声が上がってなんとなく近くに視線が集まるのが分かったが、「倖田くん、まずいかも。たぶん、わたしに向けて笑ったと思われてる…」と、隣にいるユリが身を縮めるようにして恐る恐る周りの様子を窺っている。 「悪いな、ユリ…」 「ううん、いいんだけどね…」 すっかりユリに懐いて友達認定した千早がやたらとキャンパス内で声を掛けたりするせいで、ユリは最近ますます千早の彼女なのではという疑いをかけられているらしい。かといって数生とも微妙な間柄のため〈数生と友達だから千早とも仲がいい〉とも言えなくて、ユリは日々言い訳に苦労しているようだ。 やがてまた曲の演奏が始まって、千早のベースの重低音がびりびりと響き渡った。 どれだけ歓声が飛んでも全くリアクションもせず、無関心な様子でベースの演奏に打ち込む姿は、なるほど確かにストイックに見えて女の子からすれば堪らないのかもしれない。 罪作りなやつ、と数生は思う。いつも俺の前では『数兄、数兄』って、ついて回ってぶんぶん尻尾振ってるのにな。ステージ上では常に俯き加減になっていてクールに見えるのも、おおかたベースの演奏に必死になっているだけなんじゃないか。 ライブが終わったあと、待ち合わせた学食に千早が現れたので「千早〜、お疲れ!」と数生は手を振った。「数兄、ユリ!」と千早がまた子犬が飼い主を見つけたかのように嬉しそうな顔で速足でやってくる。 「数兄、俺の演奏、どうだった?」 「俺は楽器音痴だから詳しくは分からないけど…上手くなったよな、たぶん。頑張ったじゃん」 「えへへぇ」 デレた千早の顔を見てユリはくつくつと笑った。 「なに、ユリ?」 「だって…千早くんてばステージとのギャップが凄くて…笑っちゃう。さっき女の子たちが出待ちしてたのに、どこから出てきたの?」 「あー、裏口があるんだよ。まいて逃げてきた」 「ひどいな〜。女の子の敵だね」 「べっつにー。女に好かれても何の得も無いしさ。なあ、数兄?」 「…まあな」 ユリは二人を見比べてまたくすくすと笑ってしまった。 ———可笑しいんだぁ、この二人。けど、こんなに分かりやすくラブラブな空気を放ってるのに、男の子同士っていうだけで気づかれないんだなあ。 ユリの中ではもうすっかり数生への恋心は昇華していて、今は本当によい友達としか思えなくなった。元々、高校の時点で過去のこととして気持ちの整理がついていたのもあるが、なにせこれだけ目の前でいつもいちゃいちゃされていたら数生をまた好きになる気など到底起こりはしなかった。それに千早のように魅力的な人にならあのとき負けても仕方なかったのだ、とストンと腑に落ちたのもある。 二人と仲良くすることで女の子からの視線が常にちくちくと刺さって気になるものの、なかなかに数生と千早と一緒にいるのは楽しくて、ついあの事件が終わったあとも二人と昼食を度々共にしたり、ときには千早と二人で買い物に出かけたりしている。 男友達というものを持ったものが無かったユリには楽しい日々だった。ただ、彼氏を作るような機会が遠ざかっていることはもう少し真剣に悩むべきことなのかもしれないけど。 * * * クリスマスをもうすぐ迎えるという年末の土曜日、数生と千早は大学にほど近い1LDKのマンションに引っ越してきた。 「あー、疲れた。だから引越し屋にやってもらおうって言ったのに〜!」 「最初から贅沢はダメだっつの。どうせ部屋に入んないからそんなにダンボールも多くなかったし、大丈夫だったろ?」 大きめのワンボックスカーをレンタルして数生の父親に運転してもらい、二人は自分で荷物を部屋に運び入れた。誰か友達に手伝ってもらうことも考えたが、幼馴染と一緒に住むことになった理由を下手に詮索されても良くない。 『真島ならどう?』と千早に言われたが、一度部屋にあげたら頻繁に来ては居座りそうなので『真島だけには住所は教えるな』と口を酸っぱくして千早に告げておいた。 「じゃあ、適当にまた帰って来いよ」と、ベッドが同じ部屋に二つ並んでいても何ら疑うこともなく、あっさりした様子で父親は家に帰って行った。 「いつか親にも言わなきゃな…」 数生は神妙な顔をしたが、千早は幸福の絶頂にいるらしくそれどころではないようだった。 「あー、ダメだ。幸せ過ぎて、明日死んじゃうかも…」 新品のカーペットの上にあぐらをかいて座る数生の膝を枕に、千早は寝転がった。まだエアコンの設置が出来ていなくて暖房が効いていない部屋はひんやりとしている。 「お前、最近そうことばっかり言うけどやめろよな〜」 「だって…子供の頃から俺、数兄んちの子供になれたらいいのにってずっと思ってたから…数兄の弟だったらいつも同じ家で暮らせたのに、ってさ」 「だから、本当の兄弟だったらこんなことしてたらダメだろ」 数生は仰向けになった千早の薄い唇をそっと指でなぞった。 「そうなんだよねえ。人生ってままならないね」 「…これからは一緒だからいいだろ」 「うん」 そう言うと、そろそろと千早は顔を横に向けて数生の穿いているボトムスのジッパーに手を掛ける。 「こら、千早…引越しで汗かいたから、やめとけって」 「別に、大丈夫」 千早の手が下着の中から数生のものを取り出し、根元を掴んで口に含んだ。 「はぁ、…んっ…」 ねっとりした舌遣いで裏筋を舐め上げられては、生温かい口の奥まで埋められ、思わず数生は千早の頭を両手で自分の方に向けて押さえつける。 溢れ出てくるものをじゅ、じゅ、と吸われては更に分泌を促すように先端の割れ目を舐められ、(あー、もう出そう…)と思ったときには静かに身体ががく、がく、と震え、達していた。 まるで一滴も取り零しはしないというように数生の腰をギュッと掴んで、千早はそれを飲み下している。 「…どうして、お前って…」 つい呟きを漏らすと、 「…どうしてって?数兄が俺のすることで気持ち良くなってくれるのが嬉しいんだ」 と、千早は起き上がって数生の身体に腕を絡ませた。その頭を撫でると、子供みたいに温かい体温が手のひらに伝わってくる。 「…じゃ、千早も気持ちよくなれよ」 「うん。…挿れていい?」 「…うん」 正面から千早のものが中に挿入ってくると、「おまえの、熱っ…」と、数生は身体を捻った。 「数兄んなかも、熱いよ…溶けそう」 いつになくゆっくりとした動きで千早が腰を前後するので、 「んっ、はぁっ…。寒いから、もっと、動けよ、千早…」 と、もどかしさについ強請る言葉が口からこぼれた。 「言われなくても」そう言って律動を速めた千早は数生に覆い被さった。服の中に手を入れてきて、胸の突起をキュっと摘むと、耳元で囁く。 「数兄ってば、最近すごくえっちだよね…。積極的だし…嬉しいけど、俺をこれ以上好きにさせてどうすんの?」 「…なことねえし…。お前の方がエロいんだって…!」 「あー!もう決めた。数兄のこと、この部屋から出さない。俺がひとりじめする…」 「やめろ、お前が言うと冗談に聞こえないんだよっ…!」 俺たちってこの先、一生このままじゃれ合っては抱き合って暮らすのかな?と、数生は奥を突かれては揺さぶられて朦朧とした意識の中でぼんやりと思う。 あの日、隣の家に引っ越してきたチビで生意気そうで綺麗な顔をした男は、数生にすぐ懐いてどこまでも後を追ってくると思っていたら、いつしかそいつに全てを掌握されていた。 そしてそれが決して嫌じゃなくて、いつのまにかどうしても手離せないほど心地よい。 「愛してるよ、千早…」 知らず知らずのうちに口から溢れた言葉に、千早が一瞬動きを止めた。 「え、ほんと?ほんと?数兄…?」 「…俺、お前に嘘なんて吐いたことないだろ?」 「うん…うん…。数兄…ねえ…」 「ん?」 「俺と、いつか結婚して」 「けっこん?…て、できるんだっけ?」 「なんとかなる」 「なんとか、ねえ…」 「ね、してくれる?」 「…いーよ、してやるよ、なんでも」 「約束、したからね。ね、指切り」 「わかった、約束、するから…」 小指を絡ませてこの上なく嬉しそうな顔をする千早を見て、数生は参ったなと、微笑み返す。 分かった。本当に、なんでもしてやるよ、お前のためなら。 数生は千早の赤く染まった白い頬を手のひらで撫でると、首の後ろに手を回して引き寄せた。 唇を付けて舌を絡ませると、柔らかくて熱くて、本当にこのまま溶けてひとつになってしまいそうだ。 可愛くて我儘な俺の千早。仕方ないから、一生、お前と一緒にいてやるよ。 数生はこっそりと心の中で誓い、千早をギュッと強く抱き締めた。 おわり

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