7 / 8

第7話

7.大人になったら 7月22日の土曜は数生の誕生日だった。 付き合うようになって初めて迎えた去年の誕生日は、数生は前期の試験期間で忙しく千早も予備校の模擬試験があったりしてゆっくり過ごせず、部屋で一緒にバースデーケーキを食べるくらいで終わってしまった。 もちろんそれだけでも充分楽しかったのだけれど、今年こそはちゃんと祝いたいと思った千早は数生には内緒でこっそり準備に勤しんでいた。 「へー、雰囲気いいじゃん。…けど、今日の部屋にはこないだみたいに何か仕込んだりしてないだろうな?」 千早について入ってきた数生はきょろきょろと部屋の中を見渡し警戒するような顔をした。 「いやだな、数兄。ここはラブホじゃないから」 こないだのラブホテルも良かったし、心置きなく数生と誕生日を過ごしたくて千早は頑張って去年オープンしたばかりの大人っぽいデザイナーズホテルの部屋を予約していたのだった。 落ち着いたグレーと茶色で統一された部屋の中、そこだけ色鮮やかに1シーターの赤いソファが二つ窓際に配置されている。窓の外を見ればほど近くにスカイツリーが見え、部屋の真ん中には半透明のカーテンによって周りを仕切られたキングサイズのベッドが鎮座していた。 料金は全部自分で払うつもりだったのだが、ホテルを予約したと数生に伝えたときに「さては結構いいホテル取ったんだろ?無理すんな、俺も半額払ってやるよ」と言われて、もちろん断ったのだけど、押し切られて二万円も手渡されてしまった。 「バイト頑張ったから全部払えるのに」と千早は言ったが、「年下のお前にそこまでさせらんねえだろ」とか言う。やはりまだまだ〈兄〉としての矜持があるみたいなのだ。 バースデーケーキと20歳になった数生のためにスパークリングワイン、そしてまだ飲めない自分のためにノンアルコールのカクテルを部屋に持ち込んだ。食事はメニューが充実しているしそれほど高額ではないのでルームサービスで注文するつもりだ。 先にシャワーを浴びた千早はベッドに座ったり外を眺めたりテレビを付けたり消したりして、やたらとソワソワしてしまう。 ———こんなの、数兄がバスルームから出てくる前にもしかしたら幸せ過ぎて死んでしまうかも。 しばらくして浴室からこないだのホテルよりもやはり質が良さそうなバスローブを着て出てきた数生の筋肉が盛り上がる胸元を見て、もう何度も触ったりしてるはずなのにまだ胸がときめいてしまう。ああやっぱり死ななくて良かったと心の底から思った。 エアコンが寒いほど効いた部屋の中、数生に近づいて温かい身体に腕をギュッと回し抱きつくと、ちゅ、ちゅ、と首筋にキスをした。まだ湯気が上がる数生の肌から千早が好きなあのパンみたいな匂いが立ち昇ってきたので、鼻をひくつかせてついうっとりとしてしまう。 「こら、千早、がっつくな。まずプレゼント交換するんだったろ?」 「…そうだった」 千早が誕生日の日に数生に買ってもらったヘソピアスは、ピアスホールが安定するまで数生が預かってくれていた。そして当然、この日のために千早もプレゼントを用意していた。 「先に乾杯しようか、数兄?」 冷蔵庫から飲み物を取り出して来ると、二人は窓際のソファにそれぞれ腰掛けた。 「いいね。俺、アルコール飲むの初めてだから強いのか弱いのかも分かんねえや」 千早がスパークリングワインの栓を外すのにもたもたしていると、「空けてやろうか?」と手を伸ばされ、「だ、大丈夫…!」と瓶を抱える。ググッと力を入れると、ポン!という軽い音とともに一気に栓が抜けた。 「はー、溢すかと思った…」胸を撫で下ろしながら備え付けの細いグラスに注ぐ。「ね、俺も飲んじゃだめかな、数兄?」 「ダーメ。お酒は二十歳になってから飲みましょう」 「ちぇ。数兄は堅いな〜〜」 「こんなとこで酔い潰れでもしたら大変だからな」 数生はそう言ったが、千早はなんとなく自分の方が数生よりはアルコールに強いような気がしていた。 千早のグラスにもノンアルコールのカクテルを注ぎ、ひとまずグラスを合わせて乾杯した。 「数兄、誕生日おめでとう。…二十歳かあ。もう大人だね」 「うん、ありがとう。まだこういうホテルに来ると落ち着かないけどな」 「ふふっ、そうだね」 千早が笑うと、数生は足元に置いてあったバッグから包みを取り出した。 「…ほら、千早」 ポン、とぶっきらぼうに小さな箱を手渡される。二月の千早の誕生日に買ってもらったプレゼントは数生に今まで預かってもらっていのだ。 「やっとあれ、付けれるの嬉しいな」 慎重にリボンと包装を解くと、化粧箱にプラチナ製のごくシンプルなデザインの小さなピアスが入っている。「ね、数兄が俺に付けてみてよ」 「えー、俺、不器用なんだけど…そんな小っせぇ穴に通せるかな…」 数生は立ち上がり、ソファに座っている千早のローブの紐をしゅる、と外すと腹に顔を近づけた。 それだけで千早は胸が高鳴り下腹のあたりが熱くなって来てしまったが、なんとか平静を装う。数生はこわごわした様子で仮のピアスを取り外した。 「あー、なんかやっぱり痛そう…」 「全然痛くないから大丈夫。ほらほら、早く付けて」 「んー…」 数生は眉間に皺を寄せてホールにプラチナのピアスを通そうとするが、なかなか嵌らず、数回ちくちくと皮膚を刺して「あ、ごめん」と何度か謝った。 やっと嵌まったピアスを見て「あー、疲れた」とひと仕事終えたかのようにソファにもたれかかった数生に、千早はバッグから取り出した包みを「俺からは、これ」と手渡した。 「ありがとな」と礼を言いながら包装を解いた数生は「お、ペンダント…?」と意外そうな顔をする。 そのペンダントのトップは、シルバー細工なのだけどまるで古い紙製のタグのように凹凸のある加工が施されたものだった。「あれ、なんか書いてある…」数生は目を凝らすようにしてそれを見る。「【C】って…まさかお前のイニシャルか?」 「そう。実はピアスにもこっそり入れたんだ」 「…え、まじ?」 数生は立ち上がって、もう一度千早のピアスに顔を近づけた。「わ、【K】って俺のイニシャル入ってる…」 「そう。数兄に内緒で帰ってから店に電話して、刻印してもらったんだ」 「…お前って案外、お互いのイニシャル入りのアクセサリーを持つとか、そういうことしたい奴だったんだなあ」 「俺、内面は古風だからね」 「そうかぁ?」 「まー、俺の自己満だからさ。数兄は普段からあんまりアクセサリーとかしないからさ、それ、服の中に隠してていいよ。トップだけ外してキーホルダーとかにしてもいいし…。部活があるときは付けなくてもいいしさ」 「いや、できるときは付けてるよ。かっこいいデザインだよな、これ。ありがとな」 そう言って数生はペンダントを首から掛けた。 「数兄も、ありがとう。…このピアスは、俺が数兄のものだっていう印だから。数兄にしか見せないからね」 「…たしかに古風だなあ」 「なんならタトゥー入れてもよかったんだけどね?【KAZUKI】って、太腿の内側とかにさ」 「…それ、ダセえから絶対やめろよ…」 ははっ、と千早が笑っていると、ふいに立ち上がった数生が座った千早の両手首をグッと掴んだ。 「俺のもんなんだよな?」 真剣な目で上から見下ろされて、千早の胸はどく、と大きく跳ねた。【C】と刻印の入ったペンダントが視線の先でゆらゆらと揺れている。 もしやもう酔いが回ったのだろうかと思いつつ、「うん…」とドキドキしながら千早は答えた。 数生の唇が千早の唇を塞ぎ、ぬるりと分厚い舌が差し入れられた。大きな軟体生物が口の中いっぱいに入ってきて侵食されているみたいだ。その生き物は千早の繊細な口内の粘膜をぬらぬらと舐め取っていき、それだけで千早は失神しそうなほど頭がくらくらしてしまう。 数生の唇は千早の唇から離れると、首筋や鎖骨に降り、胸に触れた。舌がべろ、べろ、と乳首を一往復しただけで「んっ、ああっ!」と大きな声が漏れてしまう。 「千早、声、でか…」 「…だって、あんまり、してもらったことなかったから…」 いつもは自分から攻めたり責めたりするのに夢中になってしまうのが悪いのだが、数生の方から積極的にあれこれされた経験が少ないので、ちょっとしたことで千早は心臓が爆発しそうになっていた。 「…そうだっけ」 そう言った数生の舌が今度はピアスが嵌まったばかりの臍を舐めた。「ん〜〜〜!!」快感とくすぐったさで千早は身悶える。 それを見た数生は少し笑みを浮かべるとさらに体勢を下の方にずらした。ボクサーパンツをぐっ、と下ろされ、千早のペニスが抑えていたものを失ってそそり立つ。「お前、もう勃ってるし…」と数生が呟いた。 今さらながらのちょっとした恥ずかしさと期待で千早の鼓動は心臓の壁を割らんばかりに激しくなる。その期待に応えるように千早のものが数生の口の中に呑み込まれた。 「あっ…。はぁっ…!」あまりの感触に千早は一瞬、自分がもう既にいってしまったのではないかと思ったけど、まだなんとか保っているようだった。 が、じゅうう、とペニスを吸い上げられて、「やっ、あっ…!」と身体がくねってしまう。尻を大きな手で掴まれ、視線を下に下げれば数生が顔を上下する様子が見えて千早はやっぱり今日死ぬかもしれない、と思う。『口でして』なんて、数生に強請ったりしようと思ったことなんて一度もなかったのに。 雁首の裏側を硬くした舌でぐっと押され、ペニスが口内でびくんと跳ね上がり、溺れそうになって何かを掴むときのように堪えきれずに数生の髪の毛をグッと掴んだ。 「ん、あ、数兄、いきたくないっ、…っけど、もう、だめかも…っ」 そう言ったが、数生はそこから口を離さず、尚も裏筋を口内で舐め上げたので(あ——…)と思ったときには千早はその中に体液をどくどくと放っていた。 数生は一瞬だけ頭をびく、とさせたが、千早のものからやはり口を離さなかった。ごく、と数生の喉が動くのが上から見えてしまい、千早はいよいよ昇天しそうになる。 「夢みたい…」と、つい呟いてしまうと、「何が…」と数生が口元を拭いながら笑う。 そして「どんな味なんだろ、と思ってたけどやっぱり旨くはねえな」と真顔で続けた。 「やだな、出せばよかったのに…」 「だってお前、いつも嬉しそうな顔してるから実は旨かったりするのかな?と思ってたんだけど」 「…それは、俺が数兄のことが好きだから。数兄のものならなんだって…」 「うわ〜、出た。変態的発言」 「違うよ、愛だもん…」 「うそうそ。…俺もお前のこと好きだからやってみただけだよ」 そう言って笑う数生に千早は身体を起こしてしがみついた。 「…今度は俺が攻める」 「…はいはい」 ぽんぽん、と、また子供にするように頭を叩かれて、少し悔しくなった千早は「そうだ、忘れてた」と自分のバッグを探った。 「なんだよ?」 「数兄、ベッドの端に座って。んで、目ぇ瞑って」 「えー、何だよ、もう手錠はこりごりだぞ?」 不審げにしつつも言われるがまま数生はベッドの端に腰掛けた。 「違うよ、もっといいもの」 千早は取り出したそれを持ってベッドに乗ると、端に座る数生の背後に回り、脚の間に挟み込む体勢になった。 紐を解いてバスローブを脱がし、うなじを甘噛みしながら数生の下着に手を掛ける。少し腰を浮かせたのでするりと膝の辺りまで下ろすと、さらに足でそれを蹴って脱がせる。 「後ろからじゃ、またお前の顔、見えないじゃん…」 と数生が不服そうに言うので、 「へへっ、俺の顔、好き?」 と、千早は頬を緩ませた。 「うん…。お前ってキレーな顔、してるよな」 「え」千早は初めて数生に容姿のことを褒められて驚いた。「…数兄、俺の顔のこととかあんまり意識してないのかと思ってた」 「なんで?男同士だって見た目の好みとかあるだろ」 「…そうなんだけど」 ええー、いやいやびっくりした。数兄って俺の顔も好きだったんだ〜、へー、と千早は急激にまたテンションが高くなってしまう。 「俺、今まで顔がいいだとか、かっこいいだとか言われることがあっても嬉しくなかったんだけど…。初めて今、この顔で良かったと思ったよ」 「いや、別に顔が綺麗だから好きとかそういう意味じゃないんだけど…。あー、なんか…上手く言えないな。顔とか別に関係ないし…お前がお前だから好きなんだよ、そんだけ」 「うん…ありがと、数兄。俺も数兄の顔も性格も身体も、全部が好きだよ」 「…恥ずかしいからそういうことあんまり言うなよ」 「そっちが先に言ったんじゃん。そんな可愛い数兄には、いいことしてあげるから…。ね、目、まだ瞑っててよ」 千早は枕元に置いておいた小さなボトルに入ったローションを両手に垂らし、充分に纏わると、勃ち上がりつつあった数生のペニスを握って擦り上げた。 するとすぐさま血が流れ込み、みるみるうちにカチカチになっていく。千早は一旦手を離すと、取り出したもののパッケージを開けてキャップを外し、充分に硬くなったそこへ当てがった。 「…ん?んんっ…これって…」 数生のペニスをすっぽりと包みこんだそれをゆっくりと千早は上下し始める。「どう?数兄…」 「これって、…ん、はぁっ、…こないだのオナホ…?」 「正解。使ったこと無いって言ってたでしょ」 「ん、ぐっ、…はあっ、ちょ、でもこれ、刺激っ、強すぎねえ?…んんっ…」 それは本体自体も柔らかくなっていて、容器ごと竿をギュッと握れるようになっている。ゲル状の内部が陰茎をこれでもかと刺激しながら包み込んでいるはずだ。 「数兄、ナカにヒダヒダとぶつぶつみたいなのあるでしょ?わかる…?」 「ん゛っ、ああっ…。わかるっ、けど、ダメだって、これ、こんなんじゃ…!っ、すぐいくって…!」 「イっちゃっていいよ、数兄…」 握った手を上下させるたびに数生の身体が震え、耐えきれないというように捩れるが、千早はギュッともう片方の腕を数生の腰に回して身体をロックする。 「んっ、ダメだって、ああっ…———」 締め付けを強くすると、数生の身体がびく、びく、と大きく振動し、千早は握ったそれの中にどくどくと熱いものが注ぎ込まれるのを感じた。 「ああ、ほら、もうイっちゃって…」 「お前がぐいぐい扱くからだろぉ…」 はぁ、はぁ、と呼吸を整える数生のものをまだ千早はオナホごと握っている。 「なー、それ、ダメだってもう…。外してくれよ…」 「ううん、まだ使えるから」 千早はオナホを握っているのとは反対の手を数生の尻の下に潜り込ませた。濡れた指先でつい、と窄まりを押すと、そこは容易く侵入を受け入れる。 「数兄の身体って、ここだけ柔らかいよね」 「それは、お前があんまり触るからっ…」 「うん。俺だけの場所、でしょ?」 オナホをまだゆっくりと動かしながら、中で指を蠢かすと、指を締め付けるように内壁がぎゅうぎゅうと圧を増す。数生の腰のあたりがうずうずと身じろぎするのを感じて、千早は堪らなくなってごく、と喉を動かした。 そろそろ我慢が効きそうになくて、もういいかな、と思っていたそのとき、「千早ぁ…」と数生が呻いた。 「…ん、なに」 「もう、たえらんね…挿れて…」 「うん…」 数生の方からそんな風に強請られて、もう昂りは収まりそうになかった。 今日の数兄、なんだかちょっと違う、と感じる。お酒のせいなのかな。ほんとは数兄の誕生日だから言うことをいろいろ聞いてあげたいと思っていたのに、これじゃ自分の方がたくさん貰ってるみたいだ。 ———それなのに、ごめん、今は優しくもゆっくりもできないかも。 「数兄、ちょっとだけ立って…」と言うと、素直に尻を浮かせた数生の中に根元を掴んで先端を押し込む。そして腰を掴むと、ひといきに自分の上に降ろした。 「んぁあっ…っ…!」 奥までいっぺんに入ってしまったせいか、数生が大きく背骨をしならせて声をあげた。千早はギュッと手を回し、離さないようにその背中にしがみつく。 「はぁっ、千早ぁっ、…最近、なんか、ちょっと、深いとこまでっ…届いてる気が、するん、だけど…」 「…うん、なんでだろ…。俺、もしかしてちょっと背が伸びたのかも、とは思ってるんだけどさ…」 「…え、なに、成長したってこと?」 「…かもしれない」 最近、そういえば182cmの数生とちょっとだけ目線の差が縮まったような気がしていた。 数生は子供の頃からいつだって千早より大きかったからそれに慣れていたし、いつも〈お兄ちゃん〉でいて欲しかったからそれで良かったのだけど、差が縮まるのも悪くないことなんだな、と千早は小さく微笑んだ。 「んっ、あ、あっ…また、奥がっ、へん…」 自ら動く数生の臀部がぐいぐいと千早に押し付けられ、奥の方の入り口みたいなところに自分の先端が吸い込まれそうになるのを感じて、あまりの快感に千早はそのまま気を失ってしまいそうになる。 でも、いやだ、まだまだいきたくない、と、吐き出したい気持ちと耐えたい気持ちがせめぎ合い、正気を保とうとしてなんとか持ち堪える。だが、自分の上に座った数生から思いっきり体重をかけられ、締め付けられてうまく息もできない。 ———だけど、こんなに数兄が俺のこと欲しがってくれてんのに、絶対、先にいきたくない。 千早はなるべく自分は動かずに数生のグラインドする腰の動きを感じるのに専念していた…のだけど、気持ち良すぎて放心してしまいそうになっていて、「ふぁ…」と小さく声を漏らしつつ、辛うじて数生にしがみつくだけが精一杯だった。 しかし、「んっ、あ…ああっ……」と喘ぎながら数生が腰を少し浮かせては千早の上に座ってくるので、「ちょ、数兄ってば、エロいんだから、も…っ…」と、千早は息も絶え絶えで抗議する。 数生は自分で動いて千早のものを擦りつける動作を幾度か繰り返すと、やがて、がく、がく、と大きく身体を震わせて果てた。 「かずにぃ…。ねえ、もう、俺も、いっていい…?」 はぁ、はぁ、と呼吸を繰り返す数生の耳元に囁く。 「ん…。いけよ…」 それを聞いて安堵した千早は我慢していたものを中にどくん、どくん、と吐き出した。 「なんか熱っ…。腹んなか…」 「ん、俺も…数兄んなか、あったかい…」 ちゅ、ちゅ、と、音を立てつつ数生のうなじや肩にキスを降らせていると、がば、と急に数生が立ち上がったことで千早のものが中から抜け落ちた。 すると今度は正面から、どか、と千早に跨ってくる。 「だからそろそろ、お前の顔、見せろってば…」 「うん…俺も数兄の顔、見たい」 それで何度も何度も唇が擦り切れるかと思うくらいキスをして重なりあって、いつしかまた中に挿入っては眠ってを飽きもせずに繰り返した。 ふわ、と、手で髪の毛に触られるに気付いて目が覚めると、数生の二つの瞳がじっとこちらを見つめていた。千早は幸せ過ぎて、やっぱり天国に来ちゃったのかもしれないなと、もう一度目を瞑る。どうか、目をまた開けても何も消えていませんように、そう思いながら。 「なあ、千早…俺さ」 ぼんやりしている千早の耳を数生の低い声が優しくくすぐった。 「…ん、なあに」 「俺さ。家を出て、一人暮らししようと思うんだ」 それを聞いて、千早は一気に目が覚めた。 「は?!え、なに、なんてった?」 「一人暮らし、しようかなって。家から大学まで1時間くらいかかるだろ。学校の近くのマンション借りてさ…」 「え、なんでなんで?」 「…その方が、親を気にせずに会えるだろ?今ってどっちかの親がいないときにこっそり部屋に行ったりして…そのうちバレるかもしんないし、バレてその流れで『実は付き合ってます』とか白状することになるのはなんかイヤだなと思うし…」 「でも、え、え、やだやだやだ。だって、お隣さんじゃなくなるじゃん…。今まで、会おうと思ったらいつでも会えたのに…!」 「別に、俺のマンションに来ればいいだろ?その方が…」 「やだやだやだ。いつも一緒じゃなきゃ…!」 「なんだよ、いい年して駄々こねて…」 「こねてないもん…。やだよぉ…」 子供の頃からいつだってブロック塀を隔てた数メートル先で数生が生活して眠っているんだ、と実感することで千早は毎日幸福な気持ちで眠りに落ちていた。それが隣の部屋が空っぽになるなんて。 「…なんだよ、拗ねるなよ…」 「だって…」 ウッ、と泣く寸前になって千早は、はた、と気付いた。 「あ、なーんだ…」 「…ん?何だよ?」 「俺も一緒に住めばいいだけじゃん」 「え」 「一緒に家を出よう、数兄。俺、バイト頑張るし。父さんに言えば援助してくれるかもしんないし。そうだそうだ、それでいいじゃん、完璧」 「お前なあ…また俺のこと追いかけてくるつもりなのか?」 「いいじゃん。イヤなの、数兄?…俺は数兄とずっと一緒にいられたらそれで幸せなんだけど」 「…イヤじゃねえよ。けど…俺、お前と毎日一緒で…身体が保つかなと思って…」 「あー、なんだ、そっちの心配してるの?やっぱりえっちなんだから、数兄は〜。俺だってそんなに四六時中数兄のこと襲ったりしないって!」 「…ほんとか?」 「…うん。……と、思う」 千早はなんだか自信がなくなってきた。確かに、寝ても覚めても数生と一緒にいて、正気に戻れる時間があるのかどうか分からない。 しかし、テコでも自分の意志を曲げない千早を知っている数生は「はぁ」と観念したような溜め息を吐いた。 「分かったよ。…一緒に暮らそう」 「やった!!」 「その代わり、節度を持ってだな…」 「はいはいはーい、分かりました〜!」 やっぱり今日って数兄のじゃなくて俺の記念日か何かだっけ?と千早は首を傾げる。幸せにしてもらえることが多すぎるのだ。 数生の大きな手が愛おしそうに頬を撫でてきて、千早は猫のように顔をそこに摺り寄せる。 数兄。もうちょっと俺が大人になるまで待ってて。数兄のことも、もっと俺が幸せにしてあげるから。

ともだちにシェアしよう!