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第五章 2
──あの時の傷痕は、今でも残っている。
額の真ん中より少し上。たった三センチの傷。
でもぐりぐりと抉られたところは幅広で、ふっくらと盛り上がっている。
前髪を上の方から作り、常に上目蓋付近まで伸ばしている。髪の量の多さや癖毛でもわっとした感じは、額を隠すのに調度良い。
たぶん、かなり野暮ったい印象を与えていると思う。
いつかは、見られてしまうだろう。
女の子じゃないし、髪に隠れる額の傷なんて、そんなに気にすることはないかも知れない。
それでも、避けられるならなるべく避けたい。
六年生の時、クラスメイトたちは僕が怪我をしたのを知っていた。あの時の子細は伏せられていたが。
あの頃はまだ医療用テープをして直接見られてもいないし、それまでに築き上げた関係もある。
『大丈夫?』『痛くない?』という言葉は温かさを帯びていた。
中学に入ると、学区の関係で半数程が入れ替わる。
その頃にはテープも外しており、前髪をあげれば傷痕が見える状態だった。
それまで僕を知らなかった人が見れば、奇異や同情の眼差しが送られる。時には「気持ち悪い」などとはっきりと言う生徒もいる。
そういうのは僕も傷つくし、相手にも嫌な思いをさせるだろう。
(だから、なるべく、見せたくない)
前髪を押さえるのが僕の癖になった。
特に体育は要注意。
今日も走りながら頻繁に直していた。
五段の階段を上がり切ったところに、若い緑の葉を広げた樹木が並んでいる。
その階段の途中に腰をかけようとして。
その瞬間。
「い……っ!」
吃驚して思わず後退る。
出かかった言葉を手で押さえ込んだ。
人がいた。
人──樹が。
階段を上がり切ったところの木の幹に寄りかかって、ジャージを着た樹が座っていた。
グランドからは見えていなかった。
今日はいないのかと思っていた。
同じ一年の紺色のジャージ。暑いのか、袖を捲っている。
(そうなのだ。
見かけるだけ──だったのだが)
保健体育の授業は二組合同だ。
僕のいる三組と、隣の四組が一緒になる。二日前の授業で、四組の外れのほうに樹を見た。
そこで初めて、彼が隣のクラスだということに気がついたのだ。
この先の接触を避けられないのを、憂えずにはいられなかった。
(いっくん……)
僕がいることに気づかない筈はないのに、こちらを見もしない。
そのまま逃げだしたい気持ちになったが、それもどうかと思い、少し離れて座る。
酷く気まずい。
それも自分だけかも知れない。
樹は本当に僕のことなんてどうでも良く、気にも止めてないのかも。
「はぁ……」
つい大きな溜息が漏れてしまう。
不意に。
くっと小さい笑い声が耳に届いた。
続いてぼそっと零れた言葉。
「……っい変わらず、体力ねぇなア……」
からかうような笑いでもなく、嫌味を含んだ声音でもない。
思わず出てしまった言葉。
そんな感じだった。
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