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第八章 5

 考えて来た言葉が全部飛んでしまい、僕は黙り込んだ。  樹が次第に苛ついてきているのがわかる。組んだ腕の片方を、反対の指先でトントンと叩く仕草。 「用事ねぇなら……」  背を向けようとしたところを、 「あのね!」  引き留めるように言葉を発したが、言うことを思い出した訳でもない。 「だから、なに──今、人来てるから、早くしろよ」  樹の言葉のすべてが冷たく突き刺さる。  項垂れてふと目に入ったのは、自分が持っている紙袋。 (そうだ。  これを渡しに来たんだ) 「いっくん、昨日誕生日だったよね。これ、プレゼント。お誕生日おめでとう」 「…………」 (すごく。  すごく、怪訝そうな顔をしている。  それはそうだろう。  もう何年も渡していないのに、なんで今更) 「あのね、何年分もあるんだ。今まで渡せなかった分!」  涙出てきそうなのに、自分でも驚くくらい明るく言っている。  樹からは受けとる意志は全く感じられず、紙袋を持つ手はおかしいくらいに震える。  ぎゅうっと目の前の胸辺りに押しつける。 (あ、そうだ。  大事なこと、忘れてた) 「いっくん! 僕、こんな傷全然気にしてないんだ! だから、いっくんも気にしないで!」  僕はそれだけを言うとぱっと手を離す。そのままでは落下するが、樹が反射的に紙袋を受け止めてくれた。それを見てから僕は、くるっと踵を返した。  唐突過ぎるし、本当は樹に聞きたいことや言いたいこともあるけれど、それだけを言うのが精一杯だった。  走りだそうとして、肩を掴まれた。  強い力で向きを変えられ、再び樹と顔を合わせる。 「嘘だろ。お前、本当は気にしてるだろ、その傷のこと」   声は押し殺しているのに、その目は怒りに満ちている。 「そんなこと……」  ぶんぶんと首を振る。 「じゃあ、なんで──」  樹の大きな手が額を覆い、ぐっと前髪を上げる。たぶん、彼の目にはその醜い傷跡が映っているんだろう。怒りだけでなく、僅かに辛そうな表情が浮かんだのは僕の気のせいだろうか。 「前髪こんなに長いんだ? 伸ばしたの、怪我の後だろ」 「違っ……」 (ううん。  違くなんかない)    前髪を伸ばしたのは、この傷を隠す為。  この傷を見た時の他人の視線が気になるから。  でも、一番は。  この傷を見て、傷つく人がいるといけないから。 (いっくん……) 「──もう、俺にプレゼントなんか用意するな」  僕の前髪をさっと整え、それだけを言うとドアの向こうに消えて行った。  僕は何も答えられなかった。一番大事なことは言えなかった。  言えば──更に大切な人を傷つけるような気がしたから。   (玉砕──でも……プレゼントは、受け取ってくれた……んだよね……?)      

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