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第八章 4

 それから、優しい顔になって。 「……樹も、ね」  ぱっと大地の口から手を離す。 「だいくんもでしょ!」 「あんたや城河になんか任せられるか、七星は俺が守る!」 「とにかく、樹とはもう一度ちゃんと話す! いいね。それでも、ダメだったら、ボクが慰めてあげるから」 「俺が慰めるから!」  大地は明から僕を遠ざけるようにして、ぎゅっと抱き締めてくる。 「だいくん、あんた、ひょっとして……うっ」  片手を解いて腹辺りにグーを入れる。  そんなやり取りを遠くに感じながら (もう一度……いっくんと、話す……)  二人の言ってることは、でも、推測に過ぎない。  樹の『真実』は何処にあるんだろう。 (知るのが、怖い。  ぶつかって、結局、徹底的に嫌われるかも。  でも……) ★ ★  樹に避けられるようになり、僕は諦めた。  それから、何の努力もしなかった。  学校ですれ違う偶然を期待したり、窓越しから見たりするぐらいだった。  あの頃追いかけて行って、ぶつかって、全部聞いていたら──。  もしかしたら、違う結果になったかも知れない。  でも、過去には戻れないんだ。  明と大地が言う通り、もう一度ぶつかってみようか。  八月二日。  樹の誕生日の翌日。  当日いっぱい悩んでいて、やっとそう決意した。僕は今までの誕生日プレゼントを袋に詰め込み、城河家の玄関先にいる。  プレゼント突き返されたどうしよう。  『お前なんか嫌いだ』って言われたら?  それより、家にいなかったら?  いたとしても、出て来なかったら?  呼び鈴を鳴らす前に、既に勇気は萎み始める。 (だめだ……!  ここで逃げたら。  樹の口から本当のことを聞いて。  それで、やっぱり……ってことになったら、二人に慰めて貰うっ!) 「ええいっ」  僕は小さく気合いを入れて、呼び鈴を押した。  応答なし。  もう一度押して出て来なかったら──その時は、プレゼントだけ置いて帰ろう。 (ん?それは、ちょっと気持ち悪い……?)  そんなことを考えながら、もう一度押──そうとしたところで、ガチャと音を立ててドアが(ひら)いた。  外開きのそのドアを、僕は慌てて()けた。 「誰?」 (いっくん!)  ドアが盾になって、こちらが見えていないのだろう。  避けられるようになったばかりの頃も、何度か城河家に訪れたが、樹が出てくるのは初めてだった。 「いっくん……」  小さな声で呼んでから、ドアの影からひょいと顔を覗かせる。 「ナナ……」  半袖ハーフパンツの部屋着のような格好で、気だるそうに立っている。 (寝てたのかな? もう昼過ぎだけど?) 「なに……?」  気だるげな顔が僅かに険を帯びる。  それだけで、びびってしまうけど。  勇気を振り絞り。 「あのね。昨日──」  そう言いかけたところで、三和土にある靴に目が止まる。  少し踵のある女物の靴。 「あれ、いっくんのお母さん、帰ってきたの?」  何も考えずにそう言ってしまった。 「違うっ!」  ピシッと硝子が割れそうな声が響く。  それから、バタンッと激しい音。  彼はドアを後ろ手に閉めた。  ドアに寄りかかりながら僕を見るその顔は、紛れもなく『怒り』を顕にしていた。  

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