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第九章 2

 樹ともう一度話したいと思いながら行動に移せずにいたけれど、明の言葉に少しだけ勇気が湧いてくる。  でも。あと一つ気になることがあった。 「そういえば……いっくん……彼女できたのかな……」  以前この話題が出た時には明は『いない』と答えた。  でも、あの時玄関に並んだ女物の靴は……。  樹の母が戻ってきたのか聞いて、彼は『違う』と否定した。 (なら……あの靴は……彼女のもの?  誕生日の日に来て泊まったとか……?)  あの時感じた疑問と共に、またもやもやしたものが広がってきた。 「彼女? いないと思うよ~。ななちゃん、気になるの~?」  明がにこにこしながら僕を見ていた。  頭の中で考えてたつもりが口に出てしまっていたらしい。 「気になるわけじゃ……いえ……それはちょっとは……」 「なんかあった?」 「んー……」  僕はさっきは話さなかった『玄関の靴』のことを明に話した。 「あー。うん。そっかー」  明は一人納得している。 「でも、彼女じゃないと思うよ」 「そう……なんですか?」 「彼女じゃないけど、たまにあるんだよね。そういうこと」 「そういうことって?」  さっきから明の言うことがまるでわからない。 「だから、いい寄ってくるその辺のオンナのコを喰っちゃうこと。大方誕プレでも渡しに来たコなんじゃない?」 「喰っちゃう……?」 「ん?──あー、わかんないかぁ。ななちゃん、やっぱかーいーなぁー」  悪い笑みを浮かべて、僕の頭をなでなでする。 「だからさーセックス……ってーっっ」  言いかけたところでバチンッと大地に口をた叩かれた。 「なにすんのーっ」 「もう、やめろーっ。七星にそんなこと吹き込むなー」  大地がぎゅっと抱き締めてくる。 「俺の七星が(けが)れる~」 「ちょっと、どういうことよー。だいくん、まだ…………」  傍で二人が騒いでいるけれど、僕は僕で自分の世界に入っていた。 『セックス』  生々しい言葉に衝撃を受ける。大地は『(けが)れる』というが、僕も年相応にその言葉の意味は知っている。  仮に樹が『友だち』だったとして、彼女がいるとかいないとか、気になるのは少しも可笑しなことではないと思う。セックスについても、僕らの年頃だったら興味津々だったとしても普通のことだろう。   (でも、この動揺は……。  そういうのとも、ちょっと違うような気がする……)  嫉妬とか独占欲とかそんな感じにも似た……。 (……気持ち悪い……よね? そんなの。  絶対いっくんに知られたくない)  何か恐ろしいものが潜んでいそうな心の奥底を、僕は見ないように蓋をした。

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