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第九章 3

 どうしたら、樹に伝えられるのだろう。  僕のこの気持ちを。  この傷を隠しているのは、樹を苦しめたくないからだって。  僕の傷を見た日から避けるようになった。  どんな意味を持つ苦しみなのか。  傷が醜いから見るのがやだ?  自分が原因だと思ってしまってるから?    傷が見えなければ、なかったことにすれば、また前みたいに話してくれるだろうと。  浅い考えで前髪を伸ばし、傷を見せないよう始終気を遣っていた。  でも、そうすること自体が、樹を傷つけていたとしたら。  だったら────。 ★ ★  校門の陰からこそっと覗くと、運良く樹の後ろ姿が見えた。隣には明の姿もある。相変わらず、目立つ二人だった。  それ以外のがいないのを確認──いや、いたとしてもいいんだ。逆にギャラリーが多いほうが効果があるに違いない。  いつもより、周りが良く見える。前髪が目に入ってちくちくすることもない。  それもその筈。日曜日、僕は美容室に行って前髪を眉辺りまで切り揃えた。ついでにサイドも切って、重苦しい顔が少しだけ軽減されたかも知れない。  でも、これだけじゃ足りないな……。  僕はスラックスのポケットから取り出したものを掌に載せて眺めた。  洗面所の小物ケースから勝手に借りた姉のスリーピン。適当に掴んだ二つは、小さい猫がついているものと、ピンクの花柄のものだった。  えー……。  一瞬怯んだが、決意した今行動しないと、その気持ちが萎えてしまいそうで、またいつ行動出来るかわからない。  よし!  周りにわからないように気合いを入れて、七三ぐらいに分けた前髪の両側にスリーピンを嵌めた。  傍にいた生徒がざわついたが、すべてシャットアウトした。  校舎まで入らないうちにと、小走りに追いかける。  周りがざわざわする。  それはそうだろう。可愛いピンを嵌めて、その間からは目立つ傷が見える。そんな男が歩いていたら。  でも、それもすべてシャットアウトだ。 「いっくん」  真後ろまで辿り着いて声をかけた。 「ななちゃん」  足を止め明が振り返る。  しかし、樹は聞こえない振りをした。  聞こえない筈ないだろっ。 「いっくんっっ! 僕、こんな傷なんか、全然気にしてないんだからーーっっ!!」  背中をバシンッと叩きながらこれ以上ないくらい声を張り上げた。  変にテンションが高くなって、今ならなんでも出来そうな気がする。 「ってっ」  樹の大きな背中がびくっと反応する。  明がヒュウと口笛を吹いた。  校舎へと向かう生徒たちも足を止めて見ている。 「ナナ……」  今度こそ樹を振り向かせることが出来た。  上からじっと見られている。  視線は額の辺りで止まっていた。 「ほんとだよ? 全然気にしてないんだ」  樹の目から逸らさない。 「馬鹿だなぁ……」  呆れたような、それでいて優しさも含んだような声音だった。  僕を見る目もいつもより柔らかい。  樹の手が額に伸び、パチンパチンとスリーピンを外した。  力が入り過ぎて知らず握りしめていた手を開かせ、二つのピンを握らせる。  それから、その指先で優しく前髪を梳かしてくれた。 「ナナ……だな。昔と同じ髪型だ……」  ふ……っと、樹が昔を懐かしむように目を細めた。  ほんの瞬きの間、あの頃の僕たちが向かい合っているような気がした。      

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