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第十三章 5

「ん?」 「んん?」  明と大地が顔を見合わせる。 「今、先生って聞こえたけど──ボクの聞き間違いかなー」  笑いを我慢しているような顔をしている。 「間違いじゃねー。先生! 教師! 中学の!」  やや自棄糞気味な樹。 「いっがーい」  大地は完全に笑っている。  酷いよ。大くん。  でも、意外。  ううん。そうでもないかも。  の樹だったら。  あの頃の樹の夢はプロ野球選手だったけど。  もし『先生になりたい』と言っていたら。 『それもいいよね! 体育の先生かな?』    そう言ってあげられてたかも知れない。     「あはは。そうでもないかもよー。で、教科は?」  そうでもないかも。  明も同意見らしい。明はけっこう本質を見抜く力を持っていると思う。 「……体育」  ちょっと間を置いて嫌そうに言う。  あ。やっぱり。 「まー、それなら、納得かな」 「だねー。それしかないと思った!」 「は?」  どういう意味だ? という顔をしている。  体育の先生が合っているのはわかるけど、それしかないというのはとちょっと失礼な感じだ。  それに追い打ちをかけて。 「中学の体育のセンセーっておっかないイメージしかないな~」  意味ありげに樹を見る。 「どういう意味だ、それ」 「さぁ~どういう意味でしょー」 「このっ」  ふふふと楽しそうに笑う明のネクタイをぎゅっと引っ張る。 「やめてやめて、暴力はんたーい」 「ふんっ」  樹がぱっと手を離した。  明は曲がったネクタイを直しつつ、 「いつきー、大学行くならべんきょーがんばんないとね」  やや真顔になる。 「わかってる」 「あ、そうだ! ななちゃんに教えて貰えばいいよ」 「えっ」  僕と樹、同時に声をあげた。 「なんでナナに」  反論でもしようと思ったのか、そう言いかけて明に畳みかけられる。 「一年の時はボクがわからないとこ教えてたでしょー。でももうクラス違うからさー」  それから僕のほうに顔を向ける。 「ななちゃん、樹のこと頼むよぅ。こいつ、勉強ダメダメだから──知ってると思うけどー」  あははとまた笑う。 「え、でも。いっくんもこの高校に入ったくらいだから……小学校の頃と違うんじゃ」  それに、いっくん嫌がるんじゃ。  ちろっと樹の顔を見る。  彼は眉間に皺を寄せていた。 「こいつ……」    やっぱやだよね。  あとの言葉を想像する。 「こう見えて、意外とスパルタなんだぜ」 「えっ」  出てきた言葉は思いがけない一言だった。 「そーなのー?」  興味津々な顔になっていた。 「めちゃめちゃこえー」  そう樹に言われて慌てて反論する。 「ひどい、いっくん。そんなことないよぉ」  ぽすぽすっと樹の胸を叩く。  樹が僕のその手を受け止め、顔を覗き込んできた。 「そんなことない?」  念を押され、昔のことを思い返す。  小学校の頃の夏休み冬休み。  僕の家や樹の家で宿題をやっていた。午前か午後のどちらかには野球の練習がある。  時間は限られているというのに、樹はちっとも集中しない。  いつも最初は「いっくーん、早くやっちゃおうよー」と声をかけていたが、そのうち……。 「なくも……ないかも?」  余り認めたくはないけど、小声で訂正。 「だろ?」  にっと樹が笑った。  どきん。  間近の笑顔に胸が波うった。 「ふーん。そうなんだー」  手を掴まれたまま、ふと明を見るとにやにや笑っていた。 「なんかさー、二人最近いい感じじゃない?」 「ふん」  大地のほうは口をへの字に曲げて不服そう。 「そんなことねー」  樹にも否定されたけど。  いい感じ……そうかなぁ。  自分でも少しだけそう感じた。  少しずつ少しずつ自然に接することが出来てる、そんな気がした。  

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