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第十四章 4

 もう少し二人で見ていたかったけれど。  僕らは海月ゾーンから抜けて行った。階段を上がり、三階へ。  そこには軽食と土産物の売店がある。 「そこで何か買って、イルカショー見ようってさ。ったく、子どもか」  明の提案だろう。  子どもか、という樹が、子どもの頃率先してイルカショーを見ていたことを僕は思い出した。  くすりと笑いが零れる。 「なに?」 「ううん、なんでもない」 「変な奴」  顔を顰めながら店内を見回す。 「まだいないみたいだな──その辺見てるか」  「うん」  水族館にありがちな土産物を見回りながら、そう言えば昔お揃いのキーホルダーを買ったことを思い出し、また自然と笑みが浮かんでくる。本当にありがちなものだったけど、二人で話し合って決めて買った。  今の樹には興味なさそうなものばかりだ。  そう思っていながら、ふと顔を上げるとレジの前に立っている樹の背が見えた。  あれ? 何か買ったのかな? 「ナナ」  ぼーっと突っ立ってる僕の目の前に、小さな硝子のイルカが揺れていた。 「え? なに?」  無表情な大男が可愛らしいイルカのストラップを持っている姿は、何処か滑稽というか可愛らしいというか。  なにこれ?   どういうこと? 「誕生日プレゼント」 「誰の?」 「おまえの」  酷く間抜けな会話が続く。 「僕の誕生日、だいぶ先だけど」 「知ってるよ。去年のプレゼント分……じゃなかったら、クリスマスプレゼントでもいい」 「クリスマスもだいぶ前……」  僕にプレゼント?  プレゼントというと、あのプレゼント?  頭の中で自問自答。  思いも寄らなさすぎて、妙な考えしか浮かんでこない。  え? まさか。  いっくんが?  嬉しいのが半分。何かの冗談? と信じられないのが半分。  僕の反応の薄さに業を煮やしてか、僕の片手を掴んで自分のほうへと引く。無理矢理掌を開かせ、その上に載せた。 「俺の誕生日プレゼントのお礼でもいい──あの時は悪かった」  本当に申し訳なさそうな声に、ふるっと首を横に振る。 「僕こそ突然押しかけてごめん。彼女いたみたいなのに」  また余計なことを口走ってしまった。  樹は決まり悪そうに、僕は自分の思い描いた絵に少し顔を熱くしながら、お互い無言で見つめあう。 「彼女じゃ……いや、ナナはわからなくていい」  わからなくていい。  そう言うけど、いっくん。  何もわからない程子どもじゃないよ。  僕。  これまでも樹の女性関係の話は何度か耳にした。  それが彼女かどうかは関係ない。  樹の話を聞くと何故か切なくなり、重ねるごとにその度合いも増していった。    どうしてなんだろう。  

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