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第十五章 4

「ナナ……」  樹の目が見開かれ、黙ったまま僕を見つめた。  でも言葉はなかなか出てこない。 「なんでも。どんなことでも、受け止めるから」  だから言って欲しい、と。そこまでは口には出せず、目で訴えた。 「ナナのせいじゃない」  樹はきっぱりと言った。 「ナナの怪我はきっかけの一つなのには違いないけど」 「きっかけ……」  微妙な言い回しだ。それでもやはり自分の怪我が関係していることに少し苦しくなる。   (苦しい……でも……。全部聞かなきゃ……) 「全部俺のせいだ」 「え」  苦しそうにしているのは自分だけじゃない。樹のほうがもっともっと苦しげだった。 「あの時、お前に怪我をさせて逃げて行った奴がどうしても許せなかった。だから、K中に乗り込んで行って同じ目に合わせてやりたかった。お前と同じようにしてやりたかった」  指先でそっと僕の額を押さえる。しかし、すぐに離れて行った。自分が怪我でもしたように、痛そうな顔をして。 「でも、それは叶わなかったどころか、学校から家に連絡が入って、親が呼び出された。は来なかったけど」  あいつとは、樹の父親のことだろう。 「俺が子ども頃から彼奴に父親らしいところは何処もなかった。たぶん本当は子どもなんて欲しくなかっただろう。頭を撫でて貰った記憶もないどころか、大した会話もしたことがない」  テーブルの上にある両手が白くなる程握りしめられているのが見えた。 「いっくん……」  僕は自然とその冷たそうな手の上に自分の手を置いた。  実際は冷たいわけでもなかったが、それでも温めてあげたいと思った。 「彼奴が家にいる時走ったり騒いだりすれば、部屋から顔を出して、大声で怒鳴ってまたすぐ引っ込む。俺のやることは何もかも気に入らない──俺が野球をやるのも反対されてた。そんなのやっても仕方ない、塾に行って勉強しろってさ。勉強して、いい成績取って、いい高校、いい大学に入って、将来は弁護士か検事か? 彼奴の頭にはそんなことしかなかったんだろ」  ははっと乾いた笑いを漏らす。 「それを取りなしてくれたのが、母さんだった。母さんもいつも親父に怒鳴られてばっかでさ。自由に外にも出して貰えなかった──覚えてるか、ナナ」  俯いていた顔を上げて、僕を見る。 「母さんと一緒に野球の応援に来てくれたり、夏休みに一緒に出かけたりしたよな」  話が辛すぎて、声が出ない。それでもなんとか頷いてみせた。 「あの後、母さん、いっつも親父に怒鳴られてた。なんで出かけたんだって。酷い時には殴られてたよ。ごめんなさいって何度も謝ってた。謝る必要なんてないのに」

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